アクシペクトラム

佐藤は全国に約205万5千人いるそうです

週明けの月曜日―
仕事の休憩時間、私は会社のデスクに顔を突っ伏していた。
あぁ…頭が重い…
結局、これで書けると意気込んでいたネット小説の方も、全くといっていいほど集中力が続かず少しも進んでいない。
これも全て昨日のせいだ。
“来週の日曜10時に駅前で待ち合わせね”白羽さんの声が耳に貼りついている。
私みたいな女を誘って何が楽しいのか、今どきの若者の考えることはサッパリ理解できなかった。
年上が珍しいのだろうか。いやいや、きっと彼であれば先輩女子からも人気があるはずだ。
あの顔だとどの女子からもモテモテのはずじゃん…
ため息をついて手帳を開くと、ひらりと何かが足元に落ちた。
「あ……」
それは、荷物の謝罪を受けたのときにもらった名刺だった。
『龍宮 春人』Ryugu Haruhito
今までちゃんと見ていなかったが、あの営業部長の名前がフルネームで書かれていた。
春人さんっていうんだ…
あのクールな瞳からは想像できない温かい名前。
その時、私の重たい頭にひらめきが降りてきた。
「そうだっ!」
完全にひとり言を叫んで、私は携帯を取り出す。
そして、名刺に書かれていた龍宮さんの番号を順番に押した。
この人なら白羽さんのことをどうにかしてくれるかもしれない。

「――――-はい、龍宮です」
何度目かの呼び出し音の後、静かな声が聞こえた。
「あの、佐藤と申しますけども」
「サトウ様ですか…?」
このありきたりな名字がここにきて邪魔をする。
荷物のことでお世話になった佐藤です、なんて言ったところでわかってもらえるだろうか。
「えっと…」
そう説明しようか迷っていると、携帯の向こうから冷ややかな声がした。
「申し訳ありません。これから商談ですので、後ほどこちらから掛け直します」
ぶつりと電話が切られる。
ものの見事に電話が終了してしまい、私はただ呆然と切られた携帯を見つめた。

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