アクシペクトラム

かいま見える一面

白羽さんに脅されたと言っても、お金や身体を要求されたわけではなく、デートしてほしい、と言われただけだ。
もうすぐ大学を卒業する学生が、遊び心か気の迷いかで思いついただけかもしれない。
私には、いち大学生の将来を駄目にする勇気はなかった。

「…そうですか」

少し間が空いてから龍宮さんが納得したように言う。
「てっきり、この間のことで何か言ってきたのかと思いました」
「この間の…?」
龍宮さんの瞳はまだ疑っているようだった。
「えぇ、佐藤様の荷物の件です」
荷物…
脳裏に一週間前のあの光景が甦る。
いまみたいにソファーで向かい合う私たち、目の前のテーブルに綺麗に並べられているのは…、並べられているのは…。
「…っ!!」
そう、並べられたのは大量の“大人のオモチャ”。
できればそこは忘れてて欲しかった…
羞恥から顔が熱くなる。すると、
「佐藤様のようなお客様は珍しいですよ」
龍宮さんが口を開く。
「お客様に事故のことを説明すると、大抵の方はまず自分の荷物が無事か心配するのですが…」
「佐藤様は白羽のことを一番に気にされた」
さっきまで厳しかった目が優しく細められた。
「あなたは優しい方なんですね」
クールな龍宮さんが僅かに微笑み、トクンと私の鼓動が跳ねた。
「そ、そんなことは…、それに龍宮さんの方が優しいです」
「私が、ですか?」
龍宮さんが不思議そうに私を見つめる。
「だって、私の荷物は中身があんな変な物だったのに…心配してくれたじゃないですか」
言ってしまってから、ハッと後悔する。
これでは、私の方からあの時のことを思い出させているようなものだった。
しかし、龍宮さんは気にすることなく言う。
「中身はどうであれ、お届け物には送る側と受け取る側の気持ちが詰まっていると、私は思うのです」
私は頭の中に箱を思い浮かべる。
単なる無機質な箱が、龍宮さんの言葉の通り、温かい気持ちのこもった贈り物に変わっていく気がした。
龍宮さんって…
「いまのお仕事が好きなんですね」
私は思ったままを伝えた。
龍宮さんはやや戸惑いを見せた後、
照れたように少し目を伏せて、そうかもしれないですね、と言った。

今日、ただのクール上司の思わぬ一面を知った気がした―…

< 14 / 30 >

この作品をシェア

pagetop