アクシペクトラム

絶妙なまでのタイミング

「迷子みたいなの、ケガもしてるし…」
それだけ伝えると、白羽くんは持っていたカップをひとつ、私に差し出す。
中身はオレンジジュースだった。
「え?」
「いいから、ちょっとここで待ってて」
意味も分からず受け取ると、もうひとつのカップを持ったままどこかに走って行ってしまった。
白羽くん…?
「ママぁ…」
その間も女の子は泣きやまない。
白羽くんのことは無視して、私は持っていたオレンジジュースを女の子に見せる。
「アイスは無くなっちゃったけど、ジュースもおいしいよ」
「うん…」
ジュースを飲ませると、女の子は少しだけ泣きやんだ。
「お待たせっ…!」
そこに息を切らした白羽くんが戻ってくる。
「これで傷口、洗って」
差し出したカップの中には、ジュースではなく水が入っていた。
「う、うん」
私はカップにハンカチを入れて濡らし、女の子の脚に優しく当てる。
そして、キレイに傷口を洗い、ハンカチを巻きつけた。
「これでもう大丈夫だよ」
優しく声を掛けながら、女の子の服の汚れを払って立たせる。
「パパとママを探さなくちゃね」
すっかり泣きやんだ女の子が小さく頷く。
「あ、それならさっき係員の人にお願いしてきた」
白羽くんが女の子の頭をふわりと撫でる。
「たぶんそろそろ…」
「あっ、パパっ…ママっ…!」
白羽くんが言いかけた時、女の子が叫んだ。
向こうから、女の子の両親と思われる男女と係員がこちらに走ってくるのが見える。
いつの間に…
先ほど水を汲んで来てくれたのといい、係員に知らせてくれたのといい、白羽くんの機転のきいた行動に私は驚いていた。
「本当にありがとうございましたっ!」
女の子の両親が深々と頭を下げる。
「そんな、私は全然っ…」
どうやらアイスを買ってあげた後にはぐれてしまい、両親もずっと探していたらしい。
「おねぇちゃん、ありがとう」
両親と手を繋ぎ、女の子が嬉しそうに帰っていく。
「良かった」
白羽くんが静かに呟く。
家族の後ろ姿を見つめる眼差しが、とても優しいように感じた。
「うん…」
返事をしながらも、さっき色々と助けてくれた白羽くんが、私の頭の中から離れなかった。
「カオリさん」
家族を見送っているとふいに名前を呼ばれ、そっと白羽くんの手が、私の手に触れる。
「どうしたのっ、急に」
「なんていうか、…仕切り直し」
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