アクシペクトラム

雨に濡れてラッキーだった

結局、白羽くんにはパジャマのひとつだった大きめのスウェットと、
長年、私が着てすっかりサイズが伸びてしまったTシャツを渡した。
私にはだぼだぼだった服は、白羽くんが着たら小さかったようで、裾は膝まで捲り上げ、Tシャツは肩まで袖を上げてタンクトップのように着ていた。
とにかくこれで白羽くんの肌が少しは隠せ、私の心臓は一旦落ち着いた。

「ごちそうさまでしたー!」
テーブルに用意した晩ご飯がきれいになくなる。
「カオリさんの料理、どれもすげーうまかった!いつもこんなに作ってるの?!」
白羽くんが食べ終わったお皿をキッチンに片づけながら驚いた声を上げる。
「まさか、ちょっと今日はたまたまで…」
今日は母からの荷物を冷蔵庫にしまうため、もともと冷蔵庫にあった野菜などを少しでも多く使って作っていた。
炒飯に、豚肉とキャベツたっぷりの回鍋肉、ほうれん草のおひたしに、豆腐とトマトのサラダとポテトサラダ、そして、卵入りのわかめスープ。
もうバランスも何も考えずに、ごちゃまぜに作っていた。
量的にも作り過ぎたものを白羽くんはぺろりと平らげてくれ、おまけに後片付けまで手伝ってくれている。

「…なんかラッキーだったな」
私が洗ったお皿を拭きながら、ぽつりと白羽くんが呟く。
「俺の願い事、ひとつ叶っちゃった」
「願い事って?」
手を動かしながらなんとなく聞き返すと、白羽くんがご機嫌な様子でさらりと言う。
「カオリさんの手料理を食べること」
えっ……
私の手からお皿が滑る。
ジャーっと蛇口から出る水の音が大きく聞こえ、突然、ドリームランドに行った時のことが甦る。
フードコートでサンドイッチを食べたとき、不満そうに言ってたっけ…
そうだ、それから絶叫系は乗らなくなって、手も繋がなくなった。
そして、知り合いの女の子に話かけられて…
そういえばあの時、白羽くんは何かを言い掛けていた…。

「だから、雨に濡れてラッキーだったかも」
白羽くんの声にはっと現実に戻る。
別に私が気にすることないっ…
「そ、そろそろ乾燥機が終わる頃かも。ここはいいから見てきたら?」
「え?あー…そうだね、見てくる」
服が乾いていたらすぐに帰ってもらおう。お礼はもう十分した。
そう心の中で決めて振り返った時、白羽くんが部屋の一点を見つめて立ち止まっているのが見えた。
「どうしたの?」
「ねぇ、あれってさ…」
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