アクシペクトラム

視えない心

ここだけ時間が止まったんじゃないかと思うくらい、その一瞬が長く感じた。
目の前には瞼を閉じた白羽くん。
唇に柔らかく温かい感触…。
一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
な、んで……?
突然のキスに戸惑い、私は頭が真っ白になる。
「カオリさん…」
ゆっくりと白羽くんが顔を離す。
どうして、そう口を開きかけた瞬間、
「…っ!!」
すぐにまた、唇が重ねられる。
両肩をしっかりと押さえられ、避けようにも動けない。
「んっ…」
白羽くんの舌が私の唇をなぞり、私の身体から力が抜けていく。
僅かに開いた口から舌を絡め取られ、触れただけのキスがだんだんと深くなる。
私の気持ちも考えず一方的なはずなのに、白羽くんは優しく、私を甘えさせるように舌を絡める。
突き放さなきゃいけない、頭の片隅で警報が鳴っているにも関わらず、私は白羽くんの口づけを受け入れたくなってしまう。
白羽くんの腕にすがりつくと、一瞬、白羽くんの動きが止まった。
「…っ!」
次の瞬間―
視界が反転して床に押し倒される。
あ…
白羽くんが覆い被さる形で私を見下ろしていた。
射抜くような瞳は熱を帯びている。
「ちょっと待っ…」
手をついて起き上がろうとするが、白羽くんがそれを阻止するかのように唇を重ねる。
「んぅっ…ふ…っ…」
繰り返される甘いキスに頭がぼんやりとしてくる。
なんでこんなキスするのっ…
白羽くんには彼女がいるはずだ。
遊びなのか気まぐれなのかは知らないが、その子を裏切るようなことはしてほしくない。
子供みたいな笑顔、優しい眼差し、大きな手…
全てその子のものだ。
「いやっ…!」
気がつくと私は力いっぱい白羽くんの身体を突き飛ばしていた。
「あ…俺っ…」
白羽くんが驚いて目を見開く。
「ごめん…、泣かせるつもりは…」
いつの間にか私の頬を涙が伝っていた。
白羽くんが涙を拭おうと手を伸ばすが、私はそれを振り払った。
「帰って…、もう帰って!」
乱れた息を整えながら叫ぶと、白羽くんは何も言わず立ち上がる。
そして、自分のカバンを手に取ると、
「ホント…ごめん」
それだけ言って部屋から出て行き、後にはしんとした静けさだけが残った。
「なんで…涙が出るのよ…」
キスされたのが嫌だったんじゃない。
自分の涙の理由に気づいてしまい、私は膝を抱えながらしばらく顔をうずめていた。

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