人魚皇子
「とりあえず,この領域にはいられない.…逃げるか.」

静まりかえった海中は,何の音をたてる事もなく,ゆっくりとヴァインを迎え入れた.
背後を振り返れば,先ほどまで居た権力支配の空間.
目の前には,権力無関係の自由な世界.
立ち並ぶ民家の暖かさに,ふと奇妙な感覚を覚えながら,ヴァインは飾りたてられた剣で空を切った.
次の瞬間,今まで感じた事もない程強烈な痛みを尾に感じた.

「っ!?」

思わず取り落とした剣は,あり得ないタイミングで向かってきた海流に呑まれ,一瞬のすきに見失なった.
だが,それどころではない.
激痛は引く気配を一向に見せず,締め上げるように痛みを増す.
一枚ずつウロコを剥がされるような感覚だ.
まだ城門を出て1メートルとたたない場所で,まさかの事態に舌打ちするも,目には涙さえたまってきた.

「やめ…ろッ,くっ!」

剥がされそうになるウロコを両手で必死にかくまい,悶え倒れたヴァインの目に,何者かの尾ヒレが映った.
淡い緑色だ.

「誰だ.」
「いいから此方へ!」
「だれ,だ.」
「近衛兵に見つかりますよ.」
「答えろ,誰だ…」
「……今,ヴァイン様をそのような目に遭わせている者の敵です.さ,早くいらして下さい!」

突如現れ強引に手を引かれるがまま,フラフラとついて行ったヴァインは,自分を助けてくれたのが,女なのか男なのかの判断を下す前に意識を失った.
脳裏に,淡い緑色だけが鮮明に舞う.

白銀の瞳が,再びディリアナ帝の光彩を彩る事はなかった.

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