中毒性アリ!?副編集長に手なずけられました

* * *

二十時を過ぎても、噂の真塩先輩とやらを見かけることは無かった。
そして私の胃痛も治まらないまま、就業時間を向かえてしまった。

「すみません、お先に失礼しまーす」
あんなにハイテンションできゃぴきゃぴした『すみません』を私は生まれて初めて聞いた。完全に語尾に音符がついていたし、これからコンパがあることは言われなくとも分かった。
キラキラしたオーラを放ちながら消えていく女性社員達を尻目に、私は焦りながら業務を終わらせていた。

正確に言うと、今日与えられた仕事は終わっているのだが、ちゃんと覚えられたか不安な箇所が何点もあるのだ。
私がやる業務は、簡単に言うと主にライターさんとの連携で、ライターさんと意見を重ね修正しながらより良いものにしあげていく、という仕事だ。

指示をするためには、過去の記事を読むのは当然であるし、ライター一人一人とどんなやり取りをしてきたのか、どうやったらスムーズに引き継ぐことができるのかを知りたかった。

パソコンと向き合いながら過去の記事の特徴を洗い出し、フォーマットの確認をしていると、あっという間に時間が過ぎてしまった。

「紫水、まだ二日目なんだし、そんなに最初からエンジンかけるとキツいよ?」
上司の轟さんは、そう気遣ってくれたが、私は笑顔を返して〝あと少しだけ頑張ります〟と、伝えた。
轟さんが帰ると、いよいよオフィスは静まり返り、時間も二十二時に差し迫ろうとしていた。
これ以上残るとさすがに怒られてしまう。そう思った私は、ようやくパソコンを消して席を立った。

白のトートバッグに分厚いメモ帳を詰め込み、一度伸びをしてからエレベーターに向かう。
残っている人はもう殆どいないからか、十九階でもエレベーターはすぐに私を迎えに降りてきた。
誰も乗っていないエレベーターに乗り込み、私は『閉』ボタンを押そうと指を伸ばした。

「待って」
がしかし、その瞬間バンっという音を立てて無理矢理ドアが開き、スーツ姿の見知らぬ男性が乗り込んできた。
「……ごめんね、ちょっと急いでて。乗らせて」
頭一個分大きい彼は、前髪が目にかかっていたせいもあって、全く顔が確認できなかった。
資料を抱えた彼は、別室の小さな資料室にずっと籠りっきりでいたらしい。私以外にも人がいたんだ……気付かなかった。
私は硬直したままボタンの前に立ち、震えた声で恐る恐る確認した。
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