中毒性アリ!?副編集長に手なずけられました
「ごめん、ありがとう」
……真塩さんだった。
真塩さんは、薄い水色のシャツにワインレッド色のネクタイで、珍しく前髪をあげていた。前髪をあげているおかげで、彼の整った眉毛や、切れ長の美しい瞳がいつも以上にはっきり見て取れることができた。
こんなに至近距離になるのは久々で、私は少し緊張してしまった。しかも、よりによってこの三人でエレベーターに乗るなんて……。
「轟さん、おはようございます」
真塩さんが轟さんに挨拶をすると、轟さんはニヤニヤした口調で言い放った。
「……一昨日、お前と岸本達見たぜ」
「え、どこでですか」
「ガールズバーの前で」
「……っあー、それ見ますか」
真塩さんは顔を片手で隠して、唸りながら過去の自分を悔やんでいた。
やっぱりあれは真塩さん本人だったんだ……そのことを少しショックに思っていると、真塩さんは言い訳するように口を開いた。
「違うんですよ、失恋した岸本が酔っ払ってどうしても行きたいって言うから仕方なく俺は着いて行っただけで……」
「そんな岸本よりモテてる様子だったけどな。なあ? 紫水」
突然話題を振られて、私はかなり動揺してしまい、わけの分からない返事をしてしまった。
「あ、はい、かなりそんな感じでした……?」
真塩さんは、私と轟さんがその時一緒に居合わせたという事実に、一瞬驚いた様子を見せたが、彼が何か言う前に、轟さんが降りる階にエレベーターが着いてしまった(編集部に行く前に、営業の部署で一度確認したいことがあったようだ)。
轟さんだけが降り、ドアは再び閉まる。私と真塩さんだけを乗せて、エレベーターは上昇する。
轟さんと食事をしたことを突っ込まれると思っていた私は、少し気まずい思いで立っていた。
しかし真塩さんは、ひとことも話さなかった。何も会話をしなかった。
ただただ無音の時間が流れて、彼の体温や存在感だけが、背後から感じられた。