Uncontrolled(アンコントロールド)
「星名ちゃん、おはよう。よく眠れた?」

「はい。おかげさまでゆっくり休めました。先輩は、朝弱いんですか?」

「会社あるときは気が張っているからそうでもないけど、休みの日はどうしてもね」

顔洗ってくる、と続けた朝倉がまだ寝むそうに欠伸を噛み殺して口元に手をやる姿は無防備で、ぴょこんと一か所だけ跳ねている毛先は、普段からお洒落で隙のない彼からは想像できないような可愛らしさだ。

大人の男性を可愛いと思ったのは、朝倉が初めてだった。
ギャップのようなものだろうか。いつもはきちんとした印象の彼が見せる隙が母性本能のようなものを擽ってくるのかもしれない。

パプリカをスライサーでスライスしていると朝倉が戻ってくる。
出勤日のようにヘアスタイルをセットしてはいないものの寝癖は直っていて、さっきまでの寝ぼけ眼もなくなっている。スーツ姿ではないこそ、しゃきっと気力がみなぎる強い印象の瞳は見慣れたものだ。

「朝食の準備、ありがとね」

「あ。先輩、卵料理って何が好きです、ヒャッ?!」

キッチン台の後ろにある冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出した朝倉に振り返りざま尋ねたと同時に、星名の頭の上にぽんと彼の手のひらが触れたのを感じて思わずびくっと肩を竦める。
キッチンの上部に取りつけられた棚にあるグラスを取る際に、ついでに労いの意味で髪を撫でたのだと気付いたのは、その一瞬後のことだった。

「すみません……。変な声出ちゃいました……」

自分でも驚くほど、おびえたような甘い声を出してしまったことに赤面しながら、スライスされていく手元のパプリカを見つめる。きっと、こんな真っ赤な顔をしているのかと思うと、余計恥ずかしさで耳まで熱くなっていく。

何の反応も示さない朝倉に顔を見られないよう俯き加減でちらりと窺えば、きょとんとした顔からくすりと笑みを溢し、次の瞬間には喉の奥でクククと堪えるように笑い出す。

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