やさしい眩暈
私が料理をしている間、リヒトは部屋の隅にあるベッドの上であぐらをかき、こちらに背中を向けて、深く俯いてギターを弾いている。



私はときどきベッドに目をやり、そのほっそりとした猫背の後ろ姿を見つめる。


薄いTシャツ越しに浮き上がった背骨と、動きに合わせて揺れる髪が、私はーーーどうしようもなく好きだった。



そんな私の視線に気づく様子もなく、リヒトは無心にギブソンの黒いレスポールをかき鳴らしている。



激しいストローク。


マーシャルのミニアンプから音が溢れ出す。


リヒトが叫ぶような歌声をのせる。



歌詞なんて、ない。


ただ、そのとき思いついた言葉を、世界に投げつけるように歌うだけ。



たったそれだけなのに、爆発しそうな感情が迸る。


そして、私の心は震える。

どうしようもなく震える。


リヒトの音で、私の中は埋め尽くされる。




「ーーーリヒト。お待たせ、ご飯できたよ」



リヒトはあまり食べない。


だから、少しでも栄養のバランスが整うように、いつも野菜を多めにしている。



目玉焼きをのせた野菜いためとご飯をもって部屋に入ると、

リヒトはその細く長い指で、六弦を優しく愛撫していた。



たった十分の一でいい。

せめて、ほんのお情け程度でもいいから、あの優しさを私に向けてくれたらいいのに。


そんな大それた望みを一瞬でも心に浮かべた自分が情けなくて、恥ずかしくて、あまりに分不相応で、

私は心の中で自嘲的に笑った。


こうやって部屋に呼んでもらえるだけでも、充分幸せなのに。




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