有害なる独身貴族
10.教えてください

モニター試食会の後、私と数家さん、店長の三人で片付ける。

しばらくは話もせず、店内BGMだけが流れていたので、目の前の洗い物に集中していたのだけれど、数家さんがふと、店長の背中に問いかけた。


「北浜さんってどこにお勤めなんですか?」

「ああ?」

「さっき、北浜さんから店長は昔部下だったって聞きました。あの人飲食関係じゃないですよね。店長、昔は何を……」


それ、私も聞きたい。
洗い物の手を止めずに、首だけ傾けて彼を見る。

そうしたら、目が合った。
少年みたいな片倉さんの瞳は私の顔の上で一度止まって、すぐにふっと逸らされる。

心臓がバクバクして体内に収まっていないような感覚。
挙動不審に思われないように、必死に目の前のお皿洗いに専念する。

片倉さんはしばらくの沈黙の後、調理台の上にのっていたワインを手にとった。


「……これ、あとちょっとだから終わりにしたいな。光流、飲め」

「は? 嫌ですよ。これから史を迎えに行かなきゃいけない……」


刈谷さんは確か、他のモニターの人達と飲みに行くって言ってたかな。


「ほう、刈谷ちゃんを。ちょうどいいじゃねぇか。お前みたいな奴は少しくらい酔ってるほうがとっつきやすい」

「ちょ、店長。……んがっ」


数家さんの首根っこを捕まえて、瓶ごと口に突っ込んで飲ませている。
可哀想に、しっかり頭も抑えられて、重力に逆らえないワインが通っているのか喉仏が時折動く。

< 124 / 236 >

この作品をシェア

pagetop