有害なる独身貴族
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二つを食べ比べてみて、やはりそこまでの味の違いが無いことから、それぞれを選べるようなメニュー構成にした。これなら、カップルがそれぞれ頼んで、食べ比べすることも可能だ。
「今日は良い意見出していただいてありがとうございました」
数家さんが、谷崎さんにモニターカードを書いてもらいながら話している。
それを見つめる刈谷さんはどこか嬉しそうだ。
私が席を外しているうちに何かあったのか、座席は数家さんと刈谷さん、谷崎さんと紫藤さん、それぞれを冷やかすような雰囲気になっていた。
どうしてそうなったものやら、私にはチンプンカンプンで会話にも入っていきづらい。
仕方なく言葉少なに後をついていく。
「片倉」
騒ぐ一団から少し離れたところで、北浜さんが店長に呼びかけた。
横に並ぶと店長のほうが背が高くて、目線が下を向く。
「どうもありがとうございました、北浜さん」
「美味かったよ。回を追うごとに腕前は上がってるな。……もう、すっかり料理人だ」
「まあ。結構経ちますからね」
「そうだな。……なあ片倉」
「はい?」
「食は凄いな。人を幸せにするもんだ」
ぼんやりと聞こえてきた二人の会話に、私は正面の刈谷さんたちを見つめながら聞き耳を立てる。
「ですね」
「おまえももう癒やされたんじゃないか」
「……そう、ですかね」
視線を感じて振り向くと、片倉さんと目があった。
頬に点火したような感覚があって、慌てて目を逸らす。
ドキドキが大きすぎて、二人の会話を追えない。
もしかしたら私の知りたい過去の話が続けられるかもしれないのに。
「では、皆さん、またお越しください」
数家さんがまとめるように言って、その場は散会した。
振り向いた時には、店長はもう厨房の方へ消えていて、まるで一線を引かれてしまったような寂しさに囚われた。