有害なる独身貴族

「ロッカーから荷物出して、タクシー来るまで座ってろ。上田、これがつぐみの住所」


店長は迷いもなく一冊のファイルを取り出し、めくっていく。
どうやら、従業員の履歴書が挟まっているらしい。そこから、私の住所をさらさらと写しだした。


「送ったらお前はすぐ帰ってこいよ」

「分かってますって、店長俺にはいっつも冷たいっすよね」

「別に冷たくなんてしてねぇよ。俺は仕込みに戻る」


そのまま、店長は私を見ずに事務所を出て行ってしまった。

怒っている背中は見たくなかった。

迷惑かけたし仕方ないけど。
私にとって彼の背中はいつだって私を支えてくれるものだったのに。

こんなことなら無理しないで休めば良かったのかな。


じわりと浮かんでくる涙。

ダメだって、泣くもんか。
絶対こんなとこで泣いたりしない。


「房野さん、タクシー来ましたよ」

「うん。ありがとう」


ロッカーから鞄を取り出し、仕事着にジャケットを羽織っただけの状態で私は歩き出した。

怒られたショックで、さっきより力が入らない。
ふらふら歩いていたら、上田くんが支えるように腕を抑えてくれた。


「大丈夫ですか? おぶりましょうか」

「平気。ごめんね」

「いえいえ。俺もラッキーです。……じゃあちょっと行って来ますねー」


上田くんは私に笑いかけると、数家さんに軽い調子で告げる。


「うん。ご苦労さん。……房野、明日もダメそうなら無理せず連絡してこいよ」


数家さんに優しく言われて、私はなんだか自分がとても情けなくなって声が出せず、頷くだけの返事をした。


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