蒼いパフュームの雑音

 少しだけキラキラして見える外の景色に自分が映り、その首元にもキラキラした物が光っているのが見えた。


 それを指先で確認して、まだ自分の中に柊がいた事を再認識した。



  タクシーがホテルに着くと、入り口付近が随分と騒がしかった。

もうすぐ1時を迎えるとゆうのに、rosé rougeの印刷された袋やCDを持った少女達が、ホテル前で溜まっていた。

(あ、そろそろメンバー帰ってくるのかな?)

  私は彼女達を横目にホテルへ入って行った。
  ロビーを抜けると、エレベーターを待つ未奈が偶然そこに居た。


「未奈っ。」

「ああー、紅。外出てたの?」

「うん。柊と会ってた。」

「え、あのどーしょもない男?」

「そう。どーしょもない男。」

「それと、ちょっと一人お客さん泊めてもいい?」



  私は詩織のこと、柊の事をエレベーターが私達の部屋の階に着くまで簡潔に話をした。


  未奈は疑りながらも、柊の事を喜んでくれた。

部屋に戻るとテレビを観る詩織がいた。

  簡単に挨拶を交わすと、未奈はパンっと手を叩き、


「紅もやっと落ち着いて、詩織ちゃんも加わって!さぁーて!飲み直しますか?」


 そう言って私達を引き連れ、最上階のバーラウンジへ向かった。
  


  かんぱーい!



  グラスを合わせた私達に、楽しい時間が流れた。

  詩織は恐縮しながらも、cobalt Airやrosé rougeの事を楽しく話し、また柊と私の事を自分の事のように喜んでくれた。



  未奈は仕事の関係者の事や、今日私が寝ていた事を面白おかしく話した。




  そんな時だった。

ラウンジの入り口がざわついたと思ったら、rosé rougeのリーダー、椎那とギターの凛が数人のスタッフと共に入って来た。

  未奈の目の色が変わって、詩織の声のトーンが高くなった。

私は思わず、
「二人共分かり易過ぎー。」
と、笑うと


「だって、さっきまであんなに遠いステージに居た人ですよ!」

「そうそう!こんなに近くで息が吸えるなんてー!」

「未奈は仕事で会えるんじゃないの?」

「私は好きなアーティストの仕事はしないの。私情が入っちゃうからね。」

私は

「なーにそれー?基本的に職権乱用なくせにー。」

と笑いながら、ソファーに背中を埋めた。

  遠くに椎那と凛が飲んでいるのが見えた。


(何か色々あった一日だったけど、こうしてメンバーが眺められるのは幸せー!って事にしておこう。)


  ビールを片手に、はしゃぐ二人の後ろのメンバーを眺めていると、左の耳元で、


「部屋で待ってたのに。来てくれないのー?」



  突然の声に持っていたグラスを落として、スカートがずぶ濡れになった。


「うわっと!ご、ごめん。驚かすつもり無かったんだ。ちょっと待ってて。」


声の主は緋色だった。
  カウンターからタオルを持ってこちらに向かう緋色を見て未奈が


「紅、知り合い?」

「別に、知り合いじゃない。」


  私が不機嫌な顔になったので、慌てて詩織が説明していた。


「ごめんね。申し訳ない…なんなら、これから僕の部屋でシャワーでも浴びに来ない?」

  タオルを渡しながら緋色は言った。
ムッとした私は奪い取るように、タオルをもらいスカートを拭いた。


  すると、緋色は未奈の顔を見てにっこりと笑った。

「小野里さん、だよね?ブルームスの。」


  小野里は未奈の苗字。ブルームスは出版社の名前。

どうやら、未奈と緋色は仕事で絡んだことがあるらしい。


「どうも。お疲れ様です。今日はオフですか?」


突然、仕事モードの声色に私はクスッと笑った。


「あ、やっと笑った。うん、オフでドライブがてらrosé rougeのライブを観に。」


  緋色は未奈の顔を見ずに、私と目を合わせたまま離さなかった。



「お待たせ致しました。」



  そう言って店員が持って来たのは、氷で冷やされたスパークリングワインのボトルだった。


「お詫び。皆で飲んで。」


未奈と詩織は声を合わせて「ありがとうございます!」と言った。



「ひいろー?」



  ラウンジの入り口付近でスタイルの良い女の人が呼んだ。
クレハだ。

「今行く。」

  緋色は右手を上げて、クレハに合図をした。


「明日、雨宮のイベントがあるんだけど、良ければ来てよ。こんな美人揃いならみんな喜ぶし。小野里さんの名前で枠取ればいいかな?」

「あ、明日は、、」

そう言う私に被せるように未奈が

「え!良いんですか?うわー!楽しみです!」

「ちょっと!」

「じゃあ、また明日。みんな勝負下着で来いよー。」

「はいっ!」


  未奈と詩織は昔から仲の良い友達の様に、息の合った返事をした。
私は…深い、深いため息をついた。



  スッと背の高い緋色の後ろ姿で、ごく自然にクレハの腰に手を回し、椎那達の席に座った。


  私は、緋色よりもクレハに釘付けだった。

身長はそう私と変わらないのに、手入れの行き届いたスタイルや身のこなしは、女なら誰でも憧れる。

  そして足元にはルブタンの華奢なヒールを飾っていた。


(軽いとはいえ、選ぶ女はやっぱり一流なのね。悔しいけど)



緋色が置いて行ったスパークリングワインを飲み干したところで、詩織が居眠りをしたので、私達はラウンジを後にした。

  彼らの夜は、まだまだ続きそうだ。

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