蒼いパフュームの雑音
  大阪の会場は、決して大きくはないけど、綺麗なライブハウスだった。

  エントランスにはcobalt Airの文字。

  私達は近くのコンビニでビールや栄養ドリンクを買い、ライブハウスへ向かった。

階段を降りたところで、咲良に会った。



「あら、紅!来るなら連絡してよー!」

「ごめんねー、何かバタバタしてて。」


咲良は隣に居る詩織を1度見てから、私の顔を見た。

「あ、こちら詩織ちゃん。私達と一緒でrosé rouge流れからのーcobalt Airファンで、まぁ、色々あって今同じホテルに泊まってるの。」

「ふぅーん。アタシ咲良、よろしくね。」

咲良は大きなチークブラシを振りながら、ウィンクをした。

リハーサルは終わったのか、会場内はわりと静かだった。

  私達は咲良の案内の元、楽屋へ向かった。

  咲良の先頭で、楽屋の中に入ると見慣れない女の人が居た。
  その人は忙しそうに、ハンガーラックに洋服を掛けていた。

ふと、私達に気付くと笑顔で、
「こんにちは。スタイリストの円山 京果です。よろしくね。」

「アタシもびっくりしちゃった。あのrosé rougeのスタイリストがcobalt Airを担当するのよ!夢のようだわー!」

興奮した咲良はメイク道具を並べながら、鏡越しにニッコリ笑った。

「あ、私…」
そう言いかけて時、大きな瞳でニッコリと笑った詩織が、遮るかのように挨拶をした。

「はじめまして!私、新崎 詩織と申します。紅さんとお友達させて頂いてます!」

「あ、紅です。よろしくお願いします。」

私はシンプルな挨拶をして、奥にいた柊の元へと向かった。

柊に勝手来た物を渡すと、腕を腰に回し、声を上げた。

「ねーねー、ちょっと聞いて!俺達、ちゃんと付き合う事になったからー!」



廊下にまで響き渡る程の声で宣言を始めた。

「ちょっと!そんな宣言しなくても…」

「いいの!おい、要!もうパシリに使うなよ!俺の女だからな!」

要さんは、はいはいといった表情でドラムのスティックをカタカタと鳴らしていた。
他のメンバーも穏やかな笑顔で私達を包んでくれた。

すると、スタイリストの京果さんが、

「あ、紅さん?もしよければ今度ブック作る時のモデルさんお願い出来ない?」

「も、モデルですか?いや、私がモデルなんて。」
「やれよー!いいじゃん。記念に。めったに経験出来ないぜー!」
「本当ですよ!私もお手伝いしまーす!」
柊と詩織が同じテンションではしゃいでいた。

「ちょうどね、身長の高い素人さんを探していたの。また直ぐにでも連絡するね。よろしく!」

  京果さんは、大人だけど、どこかまだ子供っぽさが残った魅力的な女性だった。



ライブが終わり、今日は会場でファンの子たちも交えて打ち上げをするとの事なので、私は端の席に座ると、咲良と京果さんも前に座った。

私達は、昔からの友達のように気が合った。
年はバラバラだけど、好きな音楽やモノの見方や感性、はたまた男の趣味まで。

  京果さんは元々凛さんの友達で、ライブを手伝ううちに、スタイリストとゆう肩書きを付けたらしい。

そして、今回頼まれたブックとはモデルさんやヘアメイク、スタイリストが売り込む際に相手方に見せる、いわば見本みたいな本の事だ。

そのブックを制作するにあたって、私を使いたいと。

「やってみればいいじゃない。もしかしたらダイヤモンドのきっかけになるかもしれないわよ?」
「ダイヤモンド?」
「咲良、やめてよっ!」
「ふふ、紅ってばダイヤモンドが降って来るの待ってるの。ロマンチストでしょ?」
「やめてよっ!」

顔から火が吹きそうだった私に、京果さんはいたって普通に、
「いいじゃない!ダイヤモンド。もしかしたらルビーやサファイアも降って来るかもよ?」

私と咲良は顔を見合わせて笑った。

  ダイヤモンドだけでなく、他の石が落ちて来たら、私は死んでしまうかもしれない。

「あ、紅ちゃん、連絡先教えて?」

   私は京果さんに連絡先を教えると、彼女は、

「じゃあ、今日はこの辺で私は上がりまーす。」

時計は12時を過ぎたところ。
京果さんはメンバーに挨拶をして会場を後にした。

  終電が近いのか、次々と帰るファンの子達。
彼女達が帰り、少し広くなった会場に、柊の隣で楽しそうに話す詩織が見えた。


  ちょっと気にはなったが、いつもの事だ。
  「ねぇ、いいの?あの子、紅が連れて来た子でしょ?」
「大丈夫、柊を信じて見ることにしたからさ。」
「そーう?」

咲良がグラスのビールを飲もうとすると、

ガシャン!

遠くでガラスが割れる音がした。

音の方に目をやると、そこにはグラスを投げ付けた瞳が立っていた。

そして、投げ付けられた先に、頬から血を流す詩織の姿が見えた。




すぐそばでの出来事に、何故かふわーっと耳が遠くなり、今目の前で起こっている事が、まるで映画を観ているかのように思えた。

  そしてその映画は、柊と瞳が激しく言い合い、そのまま二人は外へ出て行った。

  残された会場内のファンやスタッフ、メンバーは、呆気に取られ、割れたガラスを片付けたり、頬を切った詩織の手当をしていた。


  指先が赤く染まり泣きじゃくる詩織に、何故か近づけ無かった。

ただ呆然と、ことが片付くのを見ていた。


しばらく経っても戻らない瞳と柊。


  私は信じてみることに決めたんだから。
そう心に言い聞かせたが、胸のざわめきは簡単には収まらなかった。

そんな苛立ちを察して、咲良が

「紅、大丈夫よ。戻ったら紅のホテルに行くように伝えるから。あーみえても、柊は約束は守る男よ。」

「うん…そうだと良いんだけど。」



  私は詩織や他のメンバー、スタッフに声を掛けて、ライブハウスを出た。
  タクシーに乗り、ホテルに着いたのは2時を回った頃だった。
< 14 / 56 >

この作品をシェア

pagetop