蒼いパフュームの雑音
  私達の泊まってる部屋は9階。
到着し、ドアが開くと同時に男女の声がした。



エレベーターホールを抜けて、廊下を曲がって愕然とした。

声の主は詩織と柊だった。



扉の前で背伸びをした詩織が柊の頬を触れている。
何か話しているようだが、何を言っているかわからない。

そして、



短くキスをして、2人は部屋に入って行った。





はぁー?はぁー?はぁー?はぁー?


足元がすくんで、立っているのがやっとだった。
エレベーターホールまでもどり、そこにあったソファーに座った。


(いったい何が起きたの?)


つい昨日信じてくれと言った柊が、翌日には軽々と他の女とキスをしている。

それも私の友達。

ともだち?
友達なんかじゃない。

詩織はどういうつもりで、柊とキスをしたのか。
私との関係は知っているはずなのに。

そもそも、柊は瞳との関係をキッチリしなかったからこんな事に…

(考えてたら柊に腹立ってきた。)





やっぱり、あのままの関係でいれば良かったんだ。
そうすれば、何も気にせずに過ごせたのに。


部屋に乗り込む勇気も無い私は、渦巻く怒りと苛立ちで、ポケットにあったコースターの裏の番号に電話をかけた。

(向こうがそうなら、こっちだって。)

そう思って呼び出し音が鳴ってすぐに切った。


  何やってんだ私。
 これじゃ、向こうと変わらない。
緋色に電話してどうなるっていうの。


かっこ悪い。


  エレベーターに乗って最上階のラウンジにもう一度向かった。

  大きな窓の外はすっかり明るくなり、さっきまでいたバーはもう閉店していた。



窓にもたれかかり、下に見える小さな車や歩く人を眺めていた。



 そういえば未奈は帰って来たのだろうか。

メッセージを出そうと携帯を取り出すと同時に、さっき押した番号から着信があった。




「あ…もしもし…」
「もしもし?……………紅ちゃん?」
「あ、すいません。もうお休みでしたよね。ちょっと事件がありまして、むしゃくしゃして電話してしまいました。でももう大丈夫なので、本当にすみません。」
「大丈夫じゃないでしょ。部屋、来る?」
「大丈夫です。ほんと…だ、だい、大丈夫で…す。」


ダメだ。
気付けば両目から涙が溢れていた。

「…ダメじゃん。どこに居るの?」
「うっ、うっ、ラウンジの前です。」

1度流れた涙は、アルコールの力も借りて、全く止まらなくなってしまった。


ほんと、かっこ悪い。


電話の向こうの声が聞こえなくなって、プツっと切れた。


  すっかり明けて太陽が顔を出した窓におでこを付けて、泣き止まない自分が情けなくなっていた。


そんなに柊の事が好きだったのか。
いや、ただ独り占めしたかっただけかもしれない。
だから私は、付き合いたくなかったんだ。

こんな事で、気持ちが左右されるカッコ悪い自分が惨めだから。

いつでもクールで居たかったのに。
かっこいい女で居たかったのに。
柊のせいで全て乱された。


(だめだ。考えるとどんどん深みにはまって戻れなくなりそう。)


  嗚咽を上げて泣いていた私の肩をポンっと叩き、

「ほら、大丈夫じゃないじゃん。」

と、呆れた顔で緋色が立っていた。



ここで、優秀な恋愛ドラマなら緋色に抱きつくのだろう。
  私もあの香りに包まれたかったが、くだらないプライドとやらが邪魔して、その場にへたりこんでしまった。

緋色は隣に座り、優しく頭を撫でて言った。

「何があったかは聞かないけどさ、紅ちゃんを泣かせるなんて、男でも女でも許せないなぁ。」

「う…うっ、ひっく…」

「……かっこつけるなよ。」

その言葉で涙のダムが崩壊した。
声を上げて泣く私の頭を、緋色はそっと腕に包んだ。
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