蒼いパフュームの雑音
「紅ちゃん。」

聞き覚えのある声で振り返ると、そこには緋色が立っていた。

「緋色さん?え?」
「未奈ちゃんから聞いて、イベント抜け出してきちゃった。隣、いい?」
「あ、は、はい。」




  正直、独りで居るのが嫌だった。
誰かと居たかった。
  柊の事が不安で、その不安な隙間を埋めたかった。

だから、会いに来てくれた緋色に、複雑な思いだけど、嬉しさは隠せなかった。


  隣に座った緋色はバーボンを頼んで、お互いのグラスを合わせた。

「僕の片思いかな?紅ちゃんに出会えたことに乾杯。」

  恥ずかしい言葉をさらりと言う緋色に、照れくささとくすぐったさでぷぷっと吹き出してしまった。

「緋色さんは、いつもそんなキザなセリフで女の子を落としてるんですか?」
「そうだよ?女の子には王子様でいなくちゃね。僕、自分で言うのもなんだけどすごく優しいよ。声だけでとろけさせるから。でも、少し古いって言われたけどね。」
「確かに、古いっ。」
「しょうがないでしょー、おじさんなんだからー。」


あははっと笑う緋色からは、心地よいあの香りがほのかにして、私は時間が流れるのも忘れ、色々な話をした。





「rosé rougeのホールで爆睡してたでしょ?」  
「えっ!みてたんですか?」
「キスしたら目が覚めるかなーって近付いたら未奈ちゃんが来ちゃった。」

  夢見心地で漂って来たあの香りは、緋色の香りで間違えなかった。






  カウンターの向こうに広がる夜景が、少しづつ白じんできているのが見えた。

  

  そして、この時間が間もなく終わりを迎えるのかと思うと、淋しい気持ちでいっぱいになった。


「時間足りないね。」

心を読まれたかのように、緋色は呟いた。

「このまま、紅ちゃんを部屋にさらっちゃおうかな。」
「え?」
「ふふ、嘘だよ。これ、良かったら連絡して。」

渡されたコースターの裏には綺麗な字で電話番号があった。

「古っ。」
「だから、言うなってー。」


  結局柊からの連絡も無いまま時間が過ぎたが、緋色のとろける様な言葉のシャワーで、思いのほか落ち着いていた。

  あんなに嫌いだった緋色に、好意に近い感情が産まれているのは確かだった。



帰り際、緋色は私のおでこにキスをした。

どこまでもキザな男だ。


少し古いけど。



エレベーターを降りる時、
「あ、この匂い。ヴェールラマンドブリュイってゆうの。日本で売ってないんだけど、今度買ってくるよ。出会った記念に。じゃ、おやすみ。」

そう言って緋色は16階でエレベーターを降りた。
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