蒼いパフュームの雑音
お昼の東京駅。


「ごめーーん!!」



  パールピンクのトラベルバックを引きずりながら、未奈が小走りで来た。


「遅刻するなって言ってたの未奈じゃん。」

「ホントごめん!どーしても原稿が上がらなくて。」



  座席を見つけ、未奈は私に缶ビールを渡し、座ると同時にそれを開けた。


「明日、明後日、下手したらホテルに缶詰かも…。」

「え?」

「アシスタントがさ、来月掲載のインタビュー音源消しちゃってさ。」

「うわ、マジ。最悪だなそれ。」

「何とかアーティストに無理言って、昨日インタビューやり直したのよ。で、締め切りが週末。休んでも良いから上げて来いと。」

「何か手伝えることあったら言ってね。」

「大丈夫。せめて明後日には自由になりたいっ!だから、明日一日ちょっと頑張るわ。」



  良いのか悪いのか。

明日は柊達のライブがある。行ける都合ができちゃったな。



  大阪に着いた私達は、ホテルにチェックインをした。

今回の旅は少しリッチに、そして、未奈の力でロゼルージュのメンバーと同じホテルに宿泊だ。

まぁ、だからといってメンバーとどーこーしようとは思ってない。

一緒のホテルに泊まってるってゆうのが、嬉しいだけだったりする。



  ライブまで少しだけ時間があったので、PCを取り出し仕事に掛かる未奈を置いて、私は散歩に出掛けた。




  ホテルを出ると目の前にお城がある。

  高校生の時から何度も大阪に来ているが、このお城には入ったことが無い。

いつも、ライブの事でいっぱいだったからな。
  お城の横にあるホールが今日のライブ会場だ。

  まもなく始まるライブに向けて、かなりのファンが集まっている。

  懐かしい雰囲気を横目に、お城の傍に来てみたが、残念ながら今日はもう閉門してしまったらしい。

  見上げると、お城が夕日に染まってオレンジ色になっていた。

  まだ暑い南風が吹いてはいるが、蝉の大合唱の中に、ひぐらしの声が聞こえた。


(ひぐらしなんて久しぶり。東京じゃ聞かないもんな。)



  染まるお城とひぐらしの声に耳をすませていると、後ろから声をかけられた。


「紅さん?」


  振り返ると、可愛らしい少女がにこにことして立っていた。


「やっぱり紅さんだ!嬉しい!こんなところで会えるなんて!」

「あ。えっと?」

「あ!詩織です!先日、cobalt Airの打ち上げの帰りにお会いした!」

「ども。。」


  テンションの違いに戸惑いが隠せなかった。


「えっと、、、」

「ライブです!実はrosé rouge大好きなんです。」


  ライブ会場で会うならまだしも、ファンのいないこんな城の前で会うなんて思わなかったので、発する言葉が見つからなかった。


「あ…」

「えっと、紅さんを会場で見つけて。それで、申し訳ないとは思ったんですが、後をつけちゃいました。」


  キラキラした目で私を真っ直ぐ見つめて、嬉しそうに詩織は言った。


「あ、私もライブなの。rosé rougeの。」

「そうなんですか!紅さんも好きだったんですね!でも明日はcobalt Airのライブですよね?行かれるんですか?」


  人懐っこい笑顔は、どことなく柊に似ている。


「んー、まだ、ちょっとわからない。」

「そうですか…。そうしたら、もし行かれるようでしたら、また声を掛けてもいいですか?」


  この子は、なんだって私に懐くのだろう。

そして、何だか、ニガテだ。


  「あー、ごめん。うん、声掛けて。もう、一度ホテルに戻るね。」

「あ、紅さんホテルどちらなんですか?」

「そこのオータニホテル。じゃ、また。」

  冷たかったかな。手を振って、私はホテルへ戻った。


  部屋に戻ると、未奈がPCを閉じる所だった。


「さあー!パーティーの始まりだーー!今日だけは、何もかも忘れて暴れるぞーーー!」


  未奈は伸びをして、部屋にある小さな冷蔵庫からビールを取り出した。


「はい、かんぱーーーい!」

「もう飲むのー?」

「だってお祝いじゃないっ!」



そう言って私達はライブ前の宴を楽しみ、窓の眼下にある会場へと急いだ。


 
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