乾闥婆城
 がらがら、と立てつけの悪い引き戸を開けると、仄かに香の薫りが漂う。
 それを吸い込み、おしのは土間に入ると、またがらがらと音を立てて引き戸を閉めた。
 抱えていた荷物を置き、下駄を脱ぐ。

 土間の前は帳場になっており、その奥に座敷が見える。
 おしのは帳場の横をすり抜け、座敷とは反対側の厨に荷物を運び入れた。

 それから裏を通って、一階の奥の部屋に行く。
 帳場の奥は、ずっと奥のほうまであるようだ。

 すらりと襖を開けると、おしのは素早く中に身を滑り込ませた。
 そこもまた広い座敷で、先の帳場の横に見えた座敷と繋がっている。

「帰ったか」

 おしのが襖を閉めると同時に、低い声がした。
 きょろ、とおしのが部屋の中を見まわすと、いつの間にやら上座に男が座っている。

「よぅ降るのぅ。お蔭で香がよぅ薫る」

 脇息にもたれかかって言う男の前には、白い香炉が置かれている。
 この家に漂う不思議な薫りの元は、この香炉のようだ。
 おしのは息を大きく吸って、香を胸いっぱい吸い込んだ。

 厨のほうから、ばさばさ、ざらざら、という音が聞こえてくる。
 先程運んだ食材を、この家のモノが漁っているのだろう。
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