美しいだけの恋じゃない
私は壁伝いにズルズルと腰を落とし、その場にへたりこんだ。


「あ。今何時かしら?」


すると今度は軽い口調でそう言葉を発しながら、師岡さんは自分が手にしていたバッグからケータイを取り出した。


「あらやだ。こんな時間。そろそろ行かなくっちゃ」


言いながら踵を返し、もう私達の存在など眼中にない様子で、さっさと階段を降りていく。


「はぁ~、すっごく気分爽快!午後の業務が捗りそうだわー」


その言葉を裏付けるように清々しげに声を張り上げながら、踊り場を通り過ぎ、次の階段へと歩を進め、そのまま階下へと降りて行った。


すぐにその姿は視界から消える。


「須藤…」


彼女の足音もだいぶ遠ざかった所で、門倉保はギクシャクとした動きで私に近付くと、傍らに転がっていたトートバッグを拾ってそっと差し出して来た。


私はそれを引ったくるようにして奪い取る。


「……師岡さんの言う通りです」


目の前の空間を見つめ、決して彼とは視線を合わせないようにしながら言葉を発した。


「誰にどんな事を言われようと、理性のある人間なら、それに沿った行動ができる筈です。だけどあなたはああいった選択をした」


それを言わずにはいられなかった。


「チャンスだと思ったんでしょう?何人もの男と経験している女なら手を出しやすいし、その後も罪悪感なく、あと腐れなく仕事で関われるから」
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