美しいだけの恋じゃない
「まさしく、須藤美智瑠じゃなくて須藤ビッチだわね」

「ちょ、なにそれ。うますぎー!」


否応なしに耳に入って来る彼女達の言葉を受け止めているうちに、手足が震え、吐き気が込み上げて来た。


どうして。


どうしてこんな言われ方をされなくちゃいけないの?


あの夜、私がどれだけの恐怖を味わったことか。


大切に慈しんでいた純潔を奪われて、どれほど絶望したことか。


今にも狂いそうになる心を無理矢理宥めすかし、ギリギリのラインで理性を保ち、必死の思いでこうして日常にしがみついているというのに。


私を死の際まで追い込んだともいうべきあの悪魔の所業を、どうしてこんな下世話に面白おかしく語られなくちゃいけないの?


吐き気と共に胸の奥底から、言い様のない怒りが込み上げて来る。


だけど私はそこから動けなかった。


個室から飛び出し、彼女達の前に立ち、反論する勇気など、到底持てなかった。


両目から溢れ出した涙をそのままに、喉の奥からせり上がる嗚咽が外に漏れないように両手で口を塞ぎ、大きく乱れそうになる呼吸を整えて、ただただその場で体を震わせ続けた。


「でもさ、そこんとこ、はっきりさせといた方が良いんじゃないの?」


それまでとは声音を変えて山本さんが物申す。


「このまま礼子が悪者にされ続けるなんて悔しくない?」

「だよねー。飲み物のオーダーって、どういう風に取ったの?」
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