美しいだけの恋じゃない
もしかしたら先ほどの話に出た彼女達の先輩である可能性もあるし、さらに、この時間帯だと確率は低いけれど、どこかの部署を訪れた来客が帰り際に寄ったかもしれないのだ。


捕まってお小言を言われたり、お客様に悪印象と共に顔を覚えられたりしてはたまらないと、さっさと逃げ出す事にしたのだろう。


ただ、すでにここまでの会話の中でかなりの情報が盛り込まれていて、現時点で師岡さん達や周りの人物の相関図を詳しく知らなくても、社内の人間ならすぐに特定できてしまうと思う。


また、来客が後日『そちらにお伺いした時にこれこれこういう事があって…』と報告し、担当者経由で上の方に話が伝わって『けしからん』と犯人探しが始まったら、これまたあっけなく見つけ出されてしまうだろう。


今さら慌てて口をつぐんでも後の祭りのような気もするけれど、とりあえずこの場だけは何とか切り抜けようと考えているのだろうか。


何十分も物音一つ立てずに個室に籠って他人の話を聞いていたというのも客観的に見ればあまりよろしくない行動であるし、その点暴露されたくないから余計なアクションは起こさずに、自分の胸の内に仕舞っておこうと、聞いてしまった側が判断するのではないかと、希望的観測をしているのかもしれない。


「そ、そうだね。あの店、やっと予約が取れたんだから。時間に間に合うように…」

「しっ!」

「余計な事は言わなくて良いから、行くよ!」
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