神井くん 初めてのチュウ
 おでこへのキスでは納得しないのか、必死に首を横に振って目で訴える。脳みそが勝手にアテレコする。
(唇でなきゃ、嫌っ。)

 かっ、可愛すぎるだろ。
 唇をすぼめて、ちょっと拗ねた顔で、必死に訴える表情は、もう悩殺ものだ。これ、どうしたらいいの?

 俺は照れてしまって、ジリジリと後ずさった。彼女は俺の服を掴んだまま、いやいやをしながらにじり寄って来る。まてまて、するから、ちゃんとキスするから、落ち着いてくれ。

 彼女が落ち着くのを待って、意を決してゆっくり唇を重ねると、彼女は「ほぉっ」とため息を漏らした。唇は無味なのにまた甘い匂いがした。

「濡れるぞ。」
「うん。もう帰る。おやすみ。」
彼女が紅潮させた頬で満足げに笑い、俺から離れた。

「おやすみ。」
 俺が言うと、彼女は頷いて、きびすを返して走って帰って行った。門の前で一度振り向いただけで、あっという間に自宅の中に消えた。
 俺はしばらくその場に立ち尽くして、ぼーっとしていたけれど、やがて霧雨の中を歩き出した。冷たい雨に俺達の手足は凍えていたけど、火照った身体が熱いくらいだった。

その夜、俺は少しだけ脚本をいじった。





「神井くん 初めてのチュウ」 おしまい
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