柴犬主任の可愛い人
 
 
「そういえば――さっき、青葉のとこの上司に下で会ったよ」


「っ!?」


「少し喋ってたから遅くなっちゃった」


「そ、そう……」


「なんで顔知ってるかって?」


「っ、ですね~っ」


ヤバい……足が震える。


唐突に、何気なく、汐里は言ったような気もする。何故か顔を知ってる親友と彼氏の上司を、偶然私を見舞った病院で見かけた、と。けどその話題の真意は読めない。


どうやら社員旅行のときの写真を広瀬から見せてもらい、誰が誰だか事細かに説明を受けたらしい。それで覚えてるって、某社受付嬢の記憶力って凄い。


「目があったから挨拶させてもらった」


「広瀬がいつもお世話になってますって?」


「いいや。――以前は伊呂波でどうも、って。青葉を救急車で運んでくれてありがとうございました、ともね」


「はうっ!?」


バレてるっ!!


「青葉がいつもご迷惑をお掛けしているみたいで。ともね――呑み友達って、あの人でしょ?」


あんたたち馬鹿? と汐里は呆れていた。


どうやら、以前伊呂波に汐里を連れていったとき柴主任に気付き、けど他人のふりをする私たちを訝しんでいたそうだ。敢えてそこで突っ込むのは面倒だったし、純弥とのことがあって慎重になる故の愚行かと、打ち明けない親友に腹立ちながらもスルーしたらしい。


そうして、足しげく通う伊呂波とそこでの呑み友達がいると話す私、他人のふりする上司を掛け合わせれば、それが一番自然な結論だった。


「だって、秘密にするのは何かあるからでしょ」


「……別に、何もないけどね」


「上司もさっき、同じように言ってたわよ」


「そ、う……」


自分以外からもたらされる本当のことは、ときに、それを充分にわかっていてもダメージとなる。


「――で、青葉は、あの上司が好きだと」


そういうことでしょう、と探偵も顔負けの汐里の推理に、私は断崖絶壁に追い詰められてもいないのに、するりと頷いた。


「……そう。だね」


今、さっき、自覚したこと。


想いなら、きっと、ずいぶん前からあったこと。


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