柴犬主任の可愛い人
怒りが静まったところで、必要性なものはないかと汐里が訊いてくれたけど、両親が来たことを伝えると驚いていた。時間的には、汐里が連絡してすぐ出発した感じみたい。
「おばさん、今日はもう来た?」
「まだ。午前中には来るんじゃないかなあ。……午後は観光に忙しそうだし」
「っ、おばさん最高っ。青葉んちはいつも皆面白いから好きよ」
母たちが来るまで待とうかなという汐里は、大学の頃、実家に帰る私と一緒によく泊まりにきていた。田舎に美人は崇め奉られ、ついでに私より家の手伝いをするものだから、つまりは汐里は我が家の人気者なのだ。父も母も喜ぶだろう。
冷蔵庫の水をとってもらう。冷えすぎたものは病院側では出されないから、喉を通る水の温度は新鮮だった。
ゴールデンウィークを病院のベッドで過ごすことになった私に、汐里はお姉さんみたいな口調でスケジュールの調整を気にかけてくれる。
「そういえば……」
明日からの予定の子たちには連絡してない。幸い、一番必要なバス旅行の相手は汐里だったからほっとする。昨日のうちに広瀬に訊いて、一緒に行ってくれることになったらしい。残るはラーメンの子に電話するためにベッドを下りた。通話可能なとこまでリハビリだ。癒着怖い。
まだ外れない点滴ごとの移動は、面倒だけど杖代わりになることを発見する。
廊下をそろりそろりと歩き、無事連絡を終えて部屋に戻ると、私へのお見舞いの雑誌を広げていた汐里が、入院着でふらふらする私を指差して笑う。膝下まである前開きのそれは相当面白いらしい。
「今日までだよっ!! パジャマなかったし、お腹切ったからズボンはけなかったからしょうがないのっ」
舐めるみたいに上から下まで眺め倒して笑った汐里は、最後に、その面白入院着とはそぐわないピンクの可愛いスリッパを誉めていった。
「青葉にしては、可愛いの履いてるじゃない」
えへへと、流しておけばよかったものの、咄嗟に繕えるはずはなく……だってさっきまで悶えてたからねっ。
顔の筋肉を強張らせては緩め、色を赤くする私は、もう後戻り不可能な感情の渦に飲み込まれていた。