柴犬主任の可愛い人
 
 
「青葉さんはどうですか?」


「うぇっ!? ぁっ、痛いっ」


「えっ、盲腸開いたっ?」


「あぁっ、違います独り言ですっ!!」


……しまった。思わず架空鳩尾グーパンチの想像ダメージを口走ってしまってた。カウンターに座る私の両手はお腹をガードしてて、それが勘違いさせてしまったのか。


すみません。もう盲腸など全く平気です。人間の身体って丈夫に創られてるんだと、あのときは実感したなあ。手術から一週間後には、痛いながらも歩くスピードは頑張ればそこそこ。掴まるものがなくても歩けてて、お見舞いに来てくれた亮さん一家を偶然廊下で出迎えた。真綾ちゃんがどんと抱きついてきてくれそうなときはちょっとビビったけど。


そんなこんなあって、退院も一日早まったくらいの回復力。


退院後、自宅療養明けの初出社の日、柴主任は私と乗る電車の時間を合わせてくれ、万が一何かあってはいけないと、少し離れた場所から私を見守り通勤してくれていた。


ラッシュを避けた早い時間の電車では、何故か座席は空いてるのに座らない柴主任の姿があって、睡眠防止とトラブル即対応のためと知り、思わず胸熱で汐里に即効メッセージを送ってしまった。既読スルーだったけど。


「で、青葉さんはどうですか?」


「何がですか?」


「酷いっ」


そうだった。柴主任の退避所質問の場面だった。


「わかってますよ。私も華さんとおんなじです」


「前にならえな答えは欲しくないです」


「……」


結局、兄と遊ぶ内容に関しては答える気は一切ないらしい。頑固なのか男同士の約束なのか。とりあえず、週末は兄にうちに寄ってもらって説教だ。


これは、私が柴主任の恋人だったとしての感情で喋ってしまってもいいもの――そこに、密やかな喜びを見出だして私は想像する。


「そうですね――華さんも言ってたようなこと、想像する瞬間はきっとあるんだろうなあって、思います。だからといって、それが嫌なのかそうじゃないのかは、直面しないとわかんないですよね。柴主任が前の女に感情を残して住み続けてるなら、話は別ですけど」


まさかそんなと首を横に振る姿に、私は安堵した。


そんな権利なんかはないけどね。


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