柴犬主任の可愛い人
――……
そうして、時刻は午後四時のこと。
「神田さん。これ入力ひとつずつ途中からずれてしまっています」
「っ、はいぃすみませんっ」
給湯室での暴言から初絡みである。
あのあとデスクに戻ってからは、ただひたすらに数字を入力し、企画から戻ってくる前の柴主任のデスクに提出をした。
決して逃げじゃない。顔を合わせるのが恐ろしかったわけでも。ただ、いつもの通りのこと。
けれども見事に、私が入力ミスをやらかしたのは給湯室後の箇所からで、ただの言い訳にすぎなかったというだけのこと。さすがにあれはなかった。私最悪。
「柴主任……先程は申し訳ありませんでした」
戻される書類を柴主任のデスクに取りに動いたときに一緒に謝罪したけど、何のことかと返され、それ以上は言わせてもらえなかった。その穏やかな目の奥が読めません。
謝らせてほしいけど、きっとあれは拒否なんだろう。言ったことに弁解はしないけど、あれは本心じゃないと伝えるのはそれにあたるのか?
……とりあえず、怒ってないといいなあ。もう伊呂波でも口をきいてもらえないほどは嫌だ。
時刻は午後四時。通常業務に加えた直し作業にて残業確定な己を戒め、おやつのチョコを口に放り込むのは止めておいた。
からの、定時三十分後。
「神田さん」
「はいぃっ」
「何故さっきからそんなに怯えているんですか。面白い人ですね神田さんは」
「面白いだなんてそんなそんな……」
「申し訳ないのですが、こちらも一緒に纏めてもらえないでしょうか」
「えっ、でも……」
「今日中が理想なので」
けど、それはいつもは私が任されていることじゃなく。
にこやかに、通り越して超ご機嫌な柴主任がそこにいた。
皆がいそいそを帰り支度を進めていく中、やはり怒っていらっしゃるらしかった柴主任の仕事を断れるわけはなく、あと一時間の残業は二時間となりそうな予測をして、お腹がちくちくと痛んだ。