So Far away
いくら距離を走っても、彼はこちらに無関心だった。
個室に飽きたのか今度は景色をみている。
もう何でもいいやと私はすでに諦めていた。
イヤホンから流れている音楽だけを心の拠り所として、彼と同じ景色を見つめる。
窓の先はトンネルだった。とても長い、長いトンネル。
そしてそれを潜り抜けたら、ようやくの目的地だ。

ガタンゴトン、ガタンゴトン。
イヤホンでも防げない汽車の音。
ガタンゴトン……
走る限り音は聞こえる。

「長いトンネルだな。」

ふとそれに混じって声が聞こえた気がした。
気のせいだと思い……はっと私はイヤホンを外す。

「友達が言ってた。このトンネルを潜ると半日座ってるような気分になるって。」

目の前に座っていた男性……彼の視線がしっかり自分の方へ向いていた。彼はにこにこと微笑み、どこか楽しそうな様子だ。
うっかりしてた私は戸惑って、やっとのことで声を絞り出す。

「あんた、喋れたんなら喋りなさいよ!今までずっと気まずかったじゃない!」

「あはっ、相変わらずお前不機嫌そうだよな。」

彼は笑った。
くそ、こいつ全く反省しねぇ。

「不機嫌そうじゃなくて今不機嫌なのよ。いないものみたいな扱いされて、怒らずにいられると思う?本当最悪なんだけど!」

「そんな怒んないでよ。シワ増えるよ。」

「やかましいわ。」

彼は何処からかビスケットを取り出してムシャムシャ食べていた。
もしも自分があの青くて目の焦点が合ってないクッキー厨モンスターなら、手ごと食べてやるのに。

「お前も食べる?」

殺意が伝わらないのか、彼は食べてるけどなに食わぬ顔でクッキーの包みを差し出してきた。
いらない、と不機嫌な私は首を横に振る。

「それバター味でしょ?甘いもの嫌いなのよね。」

「またそれかよ?!甘いもの嫌いなんて人生半分損してるぞ!」

私が甘い菓子を断る際、彼は必ずこの言葉を言う。
私にはその意味が全く理解できない。
人生半分だって?
むしろ毎日甘いものを貪っている方が、寿命が縮みそうだ。

「そうだ。この駅を降りたらさ、近くにおいしいお菓子屋があるんだ。一緒に行かないか?」

閃いたように、彼が目を輝かせた。
勢いよく言ったせいか、口からクッキーの欠片が飛ぶ。
子供だろうか。

「いや、私降りたら乗り換えて遠くに行かなきゃならないんだけど……」

「えー?!そんなこというなって!!まだまだ時間あるんだから!」

「いや、ないから!」

するとガタン、と車体が揺れた。
思わず『うわっ』と声をあげた。視線が車窓にずれる。
そこで私は息を飲んだ。

彼の姿が映ってなかった。
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