So Far away
「どうしたんだよ、遠慮してんのか?」

彼の声が、しばらく耳に入らなかった。
今だけ世界が無音に包まれた気がする。
汽車の音も、自分の息も、彼の声も、みんな聞こえない。
視界も一瞬反転したようなきがした。
そこでようやく私はすべてを把握する。

「……そっか。」

通りで、引っ越すなんて彼に言えなかった訳だ。
余程混乱して記憶があやふやになっていた私も私だ。

手元を見た。手紙じゃない。
それを握る手の方だ。
手首から親指の関節まで一線の傷跡がある。見たところ最近の傷じゃない。
つい一年前くらい負ったようなものだ。

私は切なく微笑んだ。

涙なんてもう出ない。
一滴さえも。
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