終われないから始められない
冷たい雨


…寒い、…。

いつもより遅くなった。
今日は25日。
普段より仕事量が多い日だ。

帰りがけ、いつも遅くまで開いている近所のお店に寄って、買い物して帰るつもりで会社を出た。
…なのに。

今の私は、シャッターの下りた知らない店先の軒下を拝借していた。

行くべき方向とは真逆の場所に来ていた。


はぁ…。秋めいて来ると夜は少し冷え始める。

走ったせいだろう、身体の芯は温かい。

吐き出す息が少し白い。
気温も下がって来ているようだ。

ほんの数分前、私は走っていた。
その出来事を頭に思い巡らせながら、濡れた服のまま立ち尽くしていた。




職場を後にして、どのくらい歩いただろう…。

パラついていた雨が、次第に大粒へと変わってきていた。

あっという間に打ち付ける雨になった。

出来始めた水溜まりを避けながら、小走りに走った。
気持ちばかりの雨避けにと、頭の上に鞄を翳す。
突然の雨に有りがちな光景だ。


視線を下に走っていた私は、前から勢いよく走って来る人影に気づくのが遅れた。

すれ違おうとする相手に、掠るように肩が触れた。

「あ、ごめんなさいっ!」

「…」

何事も無かったかのように無言で人影は走り去って行った。


?…今の…。一瞬遅れたが、振り返り私は確認した。

ブラウンの靴。黒いスーツを身に纏い、かなり高身長であろう後ろ姿。
そして微かに残る…この香り。

無意識に襟元に手が行く。

…待って。だって…、そんなはず無い。

戸惑いが足を重くさせた。


はっと我に返り、後を追う。

追いつきはしない。どんどん人影は遠ざかって行く。

待って…。お願い。


私は、まだ忘れることなんて出来てない。

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