終われないから始められない


軒下で、一体どれくらい放心していたのか。

やっとハンカチを取り出し、滴り落ちる顔の雫を拭う。


時計に目をやり、歩き出す。

雨はいつの間にか、あがっていたようだ。

青白い月明かりが冴えた空気の中、濡れたアスファルトを薄く照らしていた。

…そうだ。買い物に行くつもりだったんだ…。



お店に辿り着く。

「今晩は、おばちゃん」

静かに声をかけた。

「あら、ビックリした。祐希ちゃんじゃないの。いらっしゃい。
今日は随分遅いのね。
そうよね、今日って25日、世の中お給料日よね。
遅くなって当たり前か、忙しかったんだものね。遅くもなるわよね。
あらあら、それにしてもー、こ〜んなに濡れちゃって。
お店クーラーきついから寒いでしょ?」

何処から用意したのか、気が付けばタオルを差し出して、いつものように畳み掛けてきていた。

話好きの気のいいおばちゃんだ。


「祐希ちゃん?ゆ、う、き、ちゃ、ん?」

「あ、ごめんなさい、ボーっとしてて」

「大丈夫?濡れたせいで熱でも出てるんじゃないの?
酷い雨だったもの。運が悪かったわねー。
それとも、何?何か心配事でもあるんじゃないの?
おばちゃんで良かったら相談にのるわよ?」

「…何でも無いです。
大丈夫です。有難うございます。
少し走ったから、きっと脳も酸欠で、お腹空いてるんだと思います」

「あら、やだ。面白い。

悩み事が無いならいいけど。でも本当に大丈夫?
口にしたら楽になる事もあるのよ?

それにしても、酷い濡れようだから、風邪ひかないでよ?」

「はい。風邪ひいても明日からお休みですし。
帰ってお風呂で温まれば、どうって事ないです、大丈夫です」

「そう?あ、これ。
もうこんな時間だし、あげちゃう!遠慮なく食べてちょうだい」

そう言ってお惣菜を何種類か渡してくれる。
手作りの牛肉コロッケと肉団子も入ってる。
ケチャップ風味のタレがからんだ、私の好きな味付けの物。
おばちゃんは私の好みをよく知ってる。

食パンに、無くなってる野菜、諸々、レジを済ませ、頂いた惣菜のお礼を言ってお店を後にする。
お店の前まで一緒に出て見送ってくれる。

「おやすみなさい」

歩き出す。

「よく温まって、なるべく早く寝るのよー。おやすみー」

よく通る声が追い掛けて来る。

半身で軽く手を振り返した。

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