蜜愛フラストレーション


自分では発声しているつもりでも話せない。感情が胸の内で焼き焦がれていくようだ。

そこでハッとした私は慌てて口を噤む。力の抜けた手のひらからハンカチが滑り落ちていった。

真正面からこちらを見つめている優斗は悔しさを滲ませていて。取り繕いも呆気なく終わった。

それこそ化粧の剥げたボロボロの顔でも可愛いと言ってのける人が、言葉なく絶句している。否、そうさせている自分を責め立てても足りない。心配をさせ続けた結果がこれなんて。


その刹那、怒りを含んだ優斗の双眸が後方に向かう。ある一点を見据えると、今までに見たことのない険しい顔でそちらを睨んでいる。

鋭い棘を覗かせた彼に触れ、ぞくりと背筋が凍るような思いに駆られた私は指先が微かに震えてしまう。

「——待て北川。こんなの感情任せに殴っても意味はない。オマエがすべきことは何だ」

拳を握って立ち上がろうとした優斗に牽制を掛けたのは、課長の鋭いひと声だ。

そこで落ち着きを取り戻したのだろうか、一気に険の取れた彼の眼差しが瞬時に戻ってくる。

こんな状況で言葉というツールを失った今、どうすれば思いが伝わるのか分からない。

やり切れなさに唇をキュッと噛み締めた私は、澄んだ茶色の瞳を見つめ続ける。


「……ごめん、もういい。もういいよ」

低く掠れた声音が静まり返った室内に重く響いた。

暫くして、目の前から手が伸びてくる。そうして優斗は私を掻き抱くように、ギュッと強く抱き寄せた。

今までの恐怖が蘇り、身を固くする私に気づいた彼はすぐに力を緩めてくれたものの、回された腕は解けない。

しかし、我に返ればこの状況はまずい。……背後には課長に紀村さん、何より松木さんが居合わせているのだ。

離れようともがくと、彼からは「もう離さない」と筋違いの甘い言葉が返ってきて。今度は“大丈夫だから”と広い背中をトントン、と何度か叩いてみるが効果なし。


「萌、もう隠さなくていいから。……辛い思いばかりさせてごめんな」

それどころか、優斗はまた私を甘やかす。目の奥の痛みを覚えながら、何度も頭を振って“違うよ”と伝えようとするのが精一杯だ。

その中で鼻腔を掠めていくウッディな香りと彼の温度が、心に空いた穴をひとつひとつ埋めていくようにそっと宥めてくれた。


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