蜜愛フラストレーション
意地悪なその唇に背筋をぞくぞくと粟立つような感覚に苛まれ、ここが職場であることを忘れてしまいかけていた。
「萌、どうなの?」
そこでようやくキスの応酬も止んだ。首筋に微かな余韻を残しつつ離れた彼は、私を離すことなく先ほどの答えを求めてきた。
「ちっ、違います」
「なにが?」
「だから、あれは」
この甘やかな声にどう抗えるというの……?俄かに震える唇で紡いだ言葉は、やけに頼りない音を奏でていた。
「ふたりきりで行ったら勘違いされても仕方ないでしょ?」
「前から言っていますが、松木さんは先輩です。それ以上でも以下でもありません。それに二人きりで行ったこともありません」
今回もまた疑われていることを悲しく思いながらも強く否定する。一方で、今だに信用し合うことが出来ない関係を虚しく感じながら……。
そもそも、松木さんはただの職場の先輩後輩の間柄。食事も他の同僚を誘ったり落ち合うことも多くよくいえば同士なのだから、これ以上誤解されるのは松木さんにも申し訳ない。
「ふぅん。こっちの気持ちも知らないで、言うね?」
「誤解だと何度言えば分かって下さるんですか」
「直感は信じてくれないの?」
穏やかなようでいて納得していないことが分かる声で一笑したあたり、温厚な彼が珍しく苛立ちを滲ませている。
とはいえ、このやりとりはこれで何度になるのだろうか。どうしたら、どれだけ時間が経てば、この分かり合えない状態を脱することが出来るのか……。
「ですから、その直感は外れています。本当です。信じて貰えないなら、もう離して下さい」
「……俺のこと、いつになったら信じてくれるの?」
回された腕を振りほどきかけたその時、彼からこの常套句を投げかけられ、苛立っていた私の心に鈍い痛みが押し寄せてくる。
悲しませているのに、彼の不安を取り除く努力もしない自身に自己嫌悪が募っていく。それでいて、否定も肯定も出来ずに言葉に詰まる私は卑怯な人間だ。
今日もこうして押し黙っていると、彼の自嘲めいた笑いが鼓膜を揺らす。その優しさには素直に甘えてしまうくせに、核心を避けている自分が腹立たしい。