蜜愛フラストレーション

この半端な立ち位置に息苦しささえ覚えても、「好きだ」という彼の言葉からは逃げてしまうのだからじつに勝手でひどく面倒な女だ。

『いい加減、こんな女なんて厭きてくれれば良いよ』
『だったら、俺が嫌だって今すぐ言って良いよ?ただ、それが萌の本心ならね』

かつて酔った勢いで彼に八つ当たり混じりに言ったことはある。それなのに不機嫌な私に不意打ちのキスをしてきた彼からはこんな答えが返ってきた。

気持ちとは裏腹の発言だと見抜かれていた悔しさでディープ・キスをし返すものの、目と鼻の先にある彼の顔は嬉々としており、キスの続きを要求されるだけ。

余裕綽々な態度にイラッとした私が彼の手の甲をつまむと、何故か余計に喜ばれてしまった。余談になるが、北川氏の名誉のために言わせて貰うと、彼は断じてマゾ気質ではない。
ただし奇特な彼いわく、私という奇想天外かつ自由で可愛い飼いたての子猫を手懐けている最中らしい。いや、子猫なんて可愛い生き物でなければ、こんな肉食の飼い主もいないと思うけれど……?
この夜、何を言っても無駄だと悟った。——そもそも私を好きだと言ってくれる時点で並の感覚ではないのだから。

こうして小さな反抗さえ、やんちゃな子猫もどきの可愛いわがままと捉えていると言う彼が愛しくてどうしても突き放せないし、私も本当はもう離れたくない。

あの頃の苦い時間さえなければ、なんて過去を葬り去りたいと願ってしまうくらいに……。

* * *

その時、耳元で「萌、聞いてる?」と穏やかな声で尋ねられて我に返った。

「ごめんなさい、聞いてなかった……」
「うん、生返事だったから分かってた」

その不埒な唇で耳朶をひと噛みし、くつくつと笑った彼はそこでようやく腕の力も緩めてくれる。

だが安堵する間もなく、今度は肩に手を置かれるとそのまま後ろに向き直らされた。しずしずと顔を上げれば、優しい表情をした彼と視線が重なり、私の心の平静はまだ遠のいていく。

そこで「萌」と呼ばれ、声も出さずにひとつ頷く。無骨な反応でさえ、「可愛いね」と言いのけ、無反応な私の頬に手を置く彼は本当に変わっている。

けれども、瞳の奥に宿る熱を目の当たりにすれば毎回抗う術もなく。静かに目を閉じると、いつものように唇と唇が重なっていた。

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