蜜愛フラストレーション
社長の物言いが気に入らないと言わんばかりに、あらかさまに顔を歪めている専務。
その専務を置き去りに、紀村んが隠し持っていたフラッシュメモリーを手元のパソコンに差し込んだ。
先ほどの社長のひと言で室内は俄かにざわめき立ったが、それもすぐに収まる。
この空気が気まずいのか、役員がたは事前に配布されていた役員総会の資料に目を向けている。
しかし、その資料は社長が秘書に命じて用意させたダミーの資料だ。
そこにはドバイで次回行われるという、スイーツ博覧会について記されてある。これは事実だが特段、緊急を要するものではない。
――つまり社長と俺たち以外、現時点でこれから何が始まるのか知る者はいない。
こちらの準備が完了したところで、俺たちのいる壇上を一瞥した社長が口を開いた。
「今回の緊急役員会では、五十嵐専務の不信任動議を諮(はか)りたい」
ピンと張りつめた空気の中、社長からもたらされた真の議題に大きな衝撃が走った。
そこで専務が顔を真っ赤にして立ち上がった瞬間、即座に周囲は口を噤んだ。
「どういうことでしょうか?」
隣に座る社長を遠慮なく睨みつけると、怒りに満ちた声音を辺りに響かせた。
「突然退任要求された理由を直ちに述べて頂けますか?
僭越ながら、社長は筆頭株主であられますが、現在その持株比率は2パーセント以上、3パーセント未満のはず。
役員の違法差し止め請求権はあっても、取締役の解任請求権はないものと存じます。
たとえ私の辞任要求を出されたところで否決されるでしょうな。この場で恥をかかせた訳をお聞かせ頂きたい!」
私腹を肥やすために非常にずる賢い。それが専務の低い声に如実に表れていた。
「ああ、そうだね。もちろん私も、これまで社に貢献した重鎮をこき下ろすつもりはない。
株主から出された意見は、最後には経営陣によって退けられることが多い。これは仕方ない側面もある。
今回の議題もしかり。もし株主総会で否決された場合、私は皆の意思を尊重し、自ら責任を取るつもりだ。
だが、経営者……そしてイチ株主として、私は会社を守り発展させる義務と権利がある。
それを行使するために、この場に菅原くんたちを残した。このことは皆さんにもご理解頂きたい」
社長は自らの去就を匂わせながら役員がたに伝えると、最後に俺たちのほうへその視線を寄越した。