蜜愛フラストレーション
彼と話しながら、外見に囚われずちゃんと人となりを見るべきだったと反省する。
相手の緊張感や警戒心を薄れさせるところもまた、彼が手練れであることを示していたのだが、当時の私は分かっていなかったのだ。
歩き始めてから十分ほど経つ頃、私の住む単身者向けマンションが見えてきた。
『北川さん、もうここで大丈夫です。今日は本当にありがとうございました』
そう口にすると並んで歩く彼の目がこちらに向いた。柔らかなその双眸と視線が重なり、ふっと笑いかけてくれる。
『こちらこそ。今日は俺も楽しませて貰ったよ。今度は二人で飲まない?ゴルフバーはどう?』
予想外のお誘いに目を丸くしたのも一瞬。すぐに嬉しさが押し寄せてきた。
東京には知り合いもまだ限られていた中、予期せぬ趣味の合う人との出会いになったから。
もちろんヤリモクは合コンにはよく潜んでいるけれど、彼からは下心のような熱量も感じられなかった。この時は、確かにそう感じたのだ。
『本当ですか?ゴルフバーは行ったことないので楽しみにしてますね。行かれる時は是非誘ってください』
『あ、仕事以外は敬語じゃなくていいよ?そもそも同期なんだし』
『……うん、ありがとう』
窺いながら返せば破顔一笑する彼を前に、図々しくも対応は合っていたようだ。
グループラインは社用スマホを使うため、私用スマホを教え合うことに。連絡先の交換をした後、その日はあっさりとさようなら。
別れ際にバイバイした時の彼の表情を思い出しても、まさか恋愛関係に進展するとは想像もしていなかった。
こうしてその日を境に、関係の希薄な同期から私用で連絡し合う仲へと変わった。
約束のゴルフバーはもちろん、予定が合えば仕事終わりに待ち合わせて飲みにも行くようになった。
勤務時間外には仕事について話さないのは暗黙の了解になっていたけれど、私がミスなどで落ち込んだ時には、彼は自分の経験を語りながら答えに繋がるようなアドバイスを授けてくれた。
入社当時から期待されていた彼とは未だに同じ土俵にさえ立てていないけれど、私たちは競い高め合う同期なんだから頑張ろうといつも言ってくれる。
弱り切った同僚を潰さず、何度でも奮起させてくれる彼の懐の大きさをまた知った。
それに相手を蹴落とすだけの弱みを握ったとしても滅多に行使しない。もちろん出来る彼のことを悪し様に言う人はいるのだが、誰に対しても寛容に対処して事を荒立てない。
つまらないことに怒るより自己研鑽に励むところも、プライベートで触れるくだけた優しさも、いつしか私の中で馴染みあるものへと変わっていく。
そうして慌ただしくて平坦な日常に、彼が柔らかな色を添えてくれるようだった。