蜜愛フラストレーション


よく眠れた翌日は、朝八時にアラームで起床。前日に鈴お勧めの横浜のベーカリーで購入していたパンを食べた。洗顔したあとは肌を整えてダッシュで着替えにかかる。

黒地の幾何学模様の膝丈ワンピースに着替え、頭には黒のストローハット。肩からショルダーバッグを下げ、ウェッジサンダルを履いて準備完了。

玄関先に置いてある鏡を一瞥して自宅を出る。マンションのエントランスを抜けた瞬間、じりじりと肌が焼けるほどの暑さに見舞われた。

灼熱になるだろう快晴の空を見上げたあと、マンション隅の陰になっているところで立ち止まって。室内との温度差にひと息つく私。

「メイクしないって楽だわぁ」

ちなみに日焼け止めだけは塗っている。時と場合に応じなければ、すっぴんでどこまでも行ける。怠惰な女から方言混じりのひと言が出るのも仕方がないだろう。

「やーだー。干物がミイラになるわよ〜」

「乾物以下の、落第のレッテルが存在するとかー」

コツコツ、とヒール音とともに、低く呆れた声が近くから聞こえたので軽く相槌を打つ。

「そうねぇ。干物は旨味が増すし、乾物は出汁取りの要。で。ミイラは人目に触れないって点で評価が下がるのよ〜」

「なるほど。このまま乾物道を極めろと」

「手抜きラブの萌ちゃんは、ズボラの逃げ道にするのが目に見えてるんだけどぉ?」

足音が止んだところで視線を上げると、朝イチとは思えない完璧な仕上がりのユリアさんと目が合った。

ブルーの鮮やかなマキシワンピにカーデを羽織り、サングラスをかけた彼女は夏らしさ満点だ。

「安心して下さい。ズボラは言い訳することさえ面倒なんです」

「その無駄な開き直りを女磨きに活かせないとか、ほんと干物やだー」

大通りに面したコインパーキングに車を停めてあるという日傘を差した彼女と並んで歩く。

「ほら入って!紫外線は大敵よ!せっかく肌はムダに白いのにっ!」

多少引っ掛かる言葉はあったが、純全たる事実。スルーした私の腕を掴んだ彼女によって黒い日傘の中へと入れられた。

「ねえユリアさんは昨日、何してたの?」

「んー、優斗の押し掛け女房。健気でしょ〜?」

彼女とはお店以外では砕けた口調で話すのがお約束だが。北川氏がこの場にいたら不機嫌になる発言に、私が笑いを堪えるのも毎回のこと。


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