bitter and sweet-主任と主任とそれから、私-
本郷主任はいつも以上に飲んでいるようで顔を真っ赤にしている。


「なんだよ」


私が顔を見つめていたのが気に入らなかったのか、明らかに不機嫌そうに本郷主任は私をにらんだ。


「あ、いえ。すみません。」



小さく謝罪して、本郷主任の横を通り過ぎようとした私は、急に本郷主任に腕を引っ張られた。



その勢いで私はすっぽりと本郷主任の胸の中へ抱き寄せられるような形になってしまう。



咄嗟にその胸の中から離れようと両手でもがいてみたけれど、私の意志と反して本郷主任は私を強く抱きしめて離してくれない。


本郷主任のスーツから甘いムスクの香水と煙草のほろ苦い匂いが私を纏うと、私の鼓動が速くなるのが分かる。


「あのっ、本郷主任?」


次の言葉なんて考えてもなくて、言ってみたけれど、本郷主任は私を離す様子はなさそうだ。

トイレ前の通路は、唯野主任や神部君たちからは見えていないようだった。


「ったく。唯野さんなんてやめとけ。」
急に頭の上から落ちてきたぶっきらぼうで苦しそうに吐きだされる言葉。

私の胸のどこか分からない部分が少しだけ熱くなる。


「わかったな?」

その言葉と同時に私は本郷主任の腕から解放される。


腰が抜けるってこういうことなのだろうかと思うくらい下半身の力が抜けそうになってしまい、私はその場に立っているのが精いっぱいだった。


その様子を本郷主任は意地悪そうに口角を上げてトイレへと入ってしまった。



このままじゃ唯野主任と本郷主任ともどんな顔して話をすればいいかわからない。


私の頭はこの数十分に起きた出来ごとに混乱していた。
 

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