ベビーフェイスと甘い嘘
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だけど現実は残酷で、側にいたいというその願いでさえ叶わなくなる。
8月のある日、配達途中に智晶さんから電話がかかってきた。
配達中で出られないと分かっているはずなのに、何度も何度も鳴る携帯を見て首を傾げている間に、着信はおびただしい量になっていった。
さすがにこれはおかしいと思って、一区切りついた時間に折り返し電話をかけた。
電話越しの智晶さんは一言だけ。
『今すぐ家に来い』
その明らかに怒りを含んだ声に驚いて智晶さんのアパートに駆けつけると、智晶さんは無言で俺の腕を掴み、奥の部屋へと引っ張って行った。
「ちょ、ちょっと、智晶さん、何がーー」
『何があったの?』
そう言おうとした言葉は、すぐに喉の奥へと引っ込んだ。
ドアを開けた向こう側の部屋。寝室のベッドに茜さんが眠っていた。
熱でもあるのか、額と頬に冷却シートが貼られているのに、うっすらと汗を浮かべて苦しそうに呼吸をしている。
その様子を心配するよりも先に目についたもの。
「……何だよ、これ」
折って捲られた長Tシャツの裾から伸びた白い腕に、紫色の痕が無数に付いている。
ぶつけたーーだけじゃなく、明らかに掴まれたような痕までくっきりと。