ベビーフェイスと甘い嘘

***

弁当屋の朝は早い。一息つけるのは配達前のこの時間だけだ。

彼女が夜勤明けの智晶さんに会うのはたぶん今日、月曜日のはずで……


金曜日の夜中からずっと智晶さんから届いていたLINEや着信を無視してたから、今日は絶対アカネさんに話をしているはずだと予想をしていた。

お互い探り合いながら話をして……だいたいは想像がつくけど、アカネさんはびっくりしただろうな。


彼女が自分のことに気がついていない、なんて思わずに正体をばらしてしまったのだろう。

言いたい事は山ほどあっただろうけど、今朝智晶さんから届いたLINEは一言だけだった。


『お前、後で覚えてろよ』


それを見て、声を上げて笑いだしたい気持ちをぐっと押さえる。

ここは店の中だ。不審に思われてしまう。
客商売は笑顔が大切だけど、さすがに大声で笑うのはまずいだろう。

今日は駅前の方には配達に行かない。
アカネさんに会えないな。

……今度はいつ会えるんだろう。


金曜日の、別れ際のことを思い出す。

手を繋いだまま離さなかっただけでも焦った顔をしていたから、抱き締めたらどうなっちゃうんだろう……なんてちょっとからかいたくなったのがいけなかった。

腕の中にすっぽりおさまるほど小柄で、温かくて柔らかな身体。

困ったように、恥ずかしがるように見つめる瞳はかすかに潤んでいて……

その瞳に吸い寄せられるように気がついたらキスをしていた。

とたんに真っ赤になって止まってしまったから参ってしまった。


外じゃなかったら、たぶん押し倒してたな。

無自覚で、無防備で……

アカネさんは、ほんとに可愛い人だ。



その心の内側にもう少しだけ触れることができたら……

涙をとめてあげられるかもしれない。



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