切ないの欠片~無意識のため息~
彼には、病気の妻がいる。
その病気は彼女の命を奪うほどのものではないけれど、結婚相手と性生活を送れるようなものでもなかったのだ。性行為をすると体に激痛が走るし、体力を消耗して寝込む上に、薬の副作用で性欲も湧かなくなってしまっていた。というわけで、彼の妻は彼が外で性欲を発散してくることを認めている。むしろお金を出して送り出してくれるらしい。そのために、彼と妻は話し合って、パイプカットの手術を受けた。あくまでも自然が欲求する性欲の発散であって、子供が出来たりなどのドロドロの不倫にはならないようにと。
5年前、私は彼とカウンセリングで出会ったのだ。
彼がまだ病気になる前の妻との関係で悩んでいる時に、人の紹介で。
私の職場へ来た彼から夫婦の話を聞き、私はそれまでずっとしてきたように適切と思えるアドバイスをした。彼は素直にそれを聞き入れ、時間もそれほどかからずに夫婦は元の仲良しに戻ったと報告にも来てくれた。感謝を述べられて仕事であるとしても嬉しかったものだ。
カウンセリングをしている間、私は彼の一瞬だけふ、っと口元を緩める微笑を素敵だなあと思っていたし、年も近いせいもあって雑談も弾む仲だったのだ。
彼の妻が病気になった時、彼はもう一度途方に暮れて相談に来た。それが1年前のこと。
ドアをあけて、こんにちは、と言った時の彼の顔はまだ覚えている。
困った顔で、少しだけの微笑。そして、目はまっすぐに私を見ていた。こんな話、困るでしょうけれど、そういって彼が現状を話したから、私から手を差し伸べたのだ。