幽霊の影
カチンと来た私はつい、

「あ、そう。

ごめんね、そんな何の変哲も無い服選んじゃって。

もっと奇抜でド派手なのにしたら良かったね、変な女が寄って来ないように」

と、トゲのある口調で言った。


「変な女?」


「そう。

その何の変哲も無いジャケット着た誰かさんが連れて歩いてた冴えない女」


夫の顔から、すうっと笑みが引いた。


「俺が浮気してるって言いたいの?」


「いや……優斗くんが、とは言ってないじゃん」


「疲れて帰って来てそんな風に疑われてたんじゃ、やってらんないな」


うんざりした顔で、夫は立ち上がった。



「どこ行くのよ?」


「風呂入って寝る」



リビングのドアが閉ざされ、私は再び、重い沈黙の中に取り残された。



――何なのよ、もう……。



私の言い方も、まぁ確かに悪かったし、夫だって疲れていたのだ。


でも私が選んであげたものを「何の変哲も無い」って。


そんな風に思ってたなんて。



散々な夜だ。


眠くはないけど、これ以上起きてたっていい事なんか1つも無いだろう。


私は寝室へ入った。



ベッドに潜り込んで目を閉じたところで、思い出したくもない光景ばかりが瞼に蘇るであろう事は、わかりきっているのだが。
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