魅惑の純情泥棒


ぅわ…ひやぁぁ…


和穂は少し震える手で口元を押さえる。

唇が刺激に甘く痺れたまま、言う事を聞かない。

「ねぇ誠太…。は……、」

「…?」



「鼻血出そう…。」


「はぁ…?!……っお前なぁ、」


ガクッとうなだれながら誠太は心底呆れたため息を吐いた。

なんでいっつも肝心な時に精神的な色気がないんだ…とかなんとかブツブツ呟いている。

こんなぶっきら棒さからは想像も出来ないが誠太はやたらとムードを大事にする傾向があった。

そんな自分の彼氏に対して和穂は少しの遠慮もなくオープンに心の内を告げる。

「だってだって、なんか全然違うし…っ!」

「ぁあ?」

自分の中の淡い雰囲気をその当人にぶち壊されて、もう一代イベントは終わったとでも言う様にいつものトーンで誠太は聞き返した。

1人興奮冷めやらぬ和穂はまだ目をキラキラさせたまま空中を見つめる。

「練習でぬいぐるみにしてみた時とも全然違うし、自分の腕にしてみた時とも全然違う…!」

「お、おま…っ、な…っ、そんな事してたのかよ…っ」

いつも周りから冷静で大人っぽくみられがちな自分の彼女の、その妙に可愛い行動に誠太は不覚にもときめいてしまった。

「絹ごし豆腐とも違うしっ、勉強机とも違うし、こんにゃくとも違うし!」

「おい、見境ないな…。」

手当たり次第にキスしまくってんじゃねーか…。と、珍妙な生き物でも見るような目で誠太は顔をヒクつかせる。

いつもあっさりとトキメキをどこか遠くへ持って行ってしまう彼女の手際の良さにまた肩をうなだらせた。

間宮和穂という生き物はいつもそうだ。

頬を桃色に染めて手作りお弁当をわざわざ作って来てくれた時も、何故か中身はジャイアン○馬場のリアルキャラ弁だったり(妙に上手い。)

クリスマスの時、お互いにプレゼントを用意していた時も、誠太が恥ずかしさを押し殺して準備したお揃いのキラキラ輝くブレスレットに対して、和穂は何故か『黄金化石伝説』とかいうクリスマスもへったくれもないカブトエビの育成キットを準備していたり。

ピンク色の花が咲きそうな気持ちを見事にバーンっとなぎ倒す破壊力。

彼女はそんな厄介な物を持ち歩いている。


「この豆腐との違い、うまく説明出来ない!そもそも、なんて言うの?!っ、もうドキドキが違うっ!すっごいドキドキする!」

「ぁあ、そうかよ…。」

両手をギュッと握り合わせて、まさしく「恋する乙女」みたいなぽんやりした表情で、なのに語っている内容はまさかの「彼氏の唇と豆腐の感触の違い」という…。

ある意味とても和穂らしい行動に、誠太は呆れと安堵を混ぜ合わせたような息を一つ付いた。



「やっぱり、誠太だから、…なんだよね。」

「あ?」


その少し恥ずかしそうな声に、え、と誠太は弾かれて顔を上げる。

「誠太だから…、こんな、」

こんな、泣きそうになるような、気持ちが溢れて息が出来なくなるようなキスになるんだろう。

「……。」


好きな人だから。

だから手が触れ合うだけで、こんなにも心臓が高鳴る。

そんじょそこらでは体験出来ない、特別なキスになる。


和穂は伏せていた目をゆっくりと持ち上げる。

目の前には、もう茹で上がるんじゃないかと思うぐらい真っ赤になって肩をいからせている誠太がいた。

和穂の目に薄く張った涙が瞳をキラキラと揺らす。


「ねぇ…、」

「…なんだよ。」




「もう一回、してもいい?」



Fin
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