恋愛格差
通話終了したスマホをそっと机の上に置き、
それを眺めていた。

市原……ゆかり。

それがさっき優が訪れていた店の女の人。
香水の香りが携帯越しに薫ってきそうな艶かしい声の持ち主だった。

「吉岡くん」でも「吉岡さん」でもなく
名前の呼び捨て。

少なくとも彼女は優と親しい関係……


ガチャッ


浴室と狭いリビングを繋ぐドアの音でハッとし、
振り向くと

スウェット姿で、水が滴る髪をタオルで拭きながら出てきた優と目が合った。
 
「お帰り。今帰ったの?」

にこやかな優を見て、複雑な気持ちになった。

「遅かったね?仕事?」
「ううん。飲みに行ってた。優は?」

「あー…今日もがっつり仕事が……メールしただろ?あれから部長と来週の会議資料作ってて、この時間。」

私から目を反らし、冷蔵庫からミネラルウォーターを取りだした。
キャップを開けながら
「つっかれた~」なんて呟いている。


嘘……

また嘘ついた。

ペットボトルをそのままゴクゴク飲んでいる優の体温と同じ、冷めていくのは私の心の奥底。

そして怒りから体が熱くなっていく。

「どうした?」

目を大きく開けたまま凝視している私を、心配そうに覗いてくる。

「……かり…」
「……え?」

強く握った拳。掌に爪が食い込む。

「ゆかりさんてヒトから電話あった。店に名刺入れ忘れたって。」

「…………え……?」

みるみる青ざめていく優の顔。
長い睫毛の向こうの瞳の中の黒目が揺れている。












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