彼女が虹を見たがる理由
白いエプロンをつけてお玉で鍋をかき回していた母さんが振りむいてほほ笑んだ。

透明感のある肌は空気と溶け込んでしまいそうなほどで、ほほ笑んだときにできるエクボは少女のようだ。

おおらかな性格で大抵の事を許してくれるが、たまに怒ると鬼のように怖い。

この母さんだからこそ、警部という固い仕事の父さんとの結婚生活も続いているのだと思う。

「ただいま母さん。なぁ、父さんビールを飲んでも大丈夫だろ? 俺も学校から帰ってきたしさ」

「あら、優志さんがそう言ったの?」

すこし険しい表情になる母さんに、俺は慌てて「違うよ、父さんは何も言ってない」と、否定した。

「それなら、もう少しだけ我慢してもらわなきゃ。もうすぐ料理だってできるんだから」

そう言って母さんは鍋に向かい直った。

その香りで忘れていた空腹感が蘇って来る。

「それなら、俺も手伝うよ。着替えて来る」

そう言い、俺は二階の部屋へと急いだのだった。
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