心の中を開く鍵
「……なにかございましたか?」

忘れ物?

「今度、大学のOB会があるので、連絡先を教えて頂けますか?」

目の前に立つと微かに微笑んで、首を傾げる彼。

受付のお嬢さんたちが、興味津々に翔梧を見ている。

え。嫌ですけど。

ここで連絡先を教えるのは違うと思う。
だいたい、なんの為に大学時代の知り合いとも縁を切ったと思っている。
あんたに二度と会わないために決まっているでしょうに。

笑顔のまま黙り込んで、頭の中をフルスピードで回転させる。

「通知を実家に送ってくだされば、見ます」

「山根さん、見るだけで終わらせるでしょう?」

いや。例え母さんから連絡来ても、見もしないで終わらせるけどね。

見透かしてやがりますか。

「……メールアドレスでよろしいでしょうか?」

「スマホ、今ないの?」

「持ち歩きませんので」

会社の端末なら持ち歩いているけれど。緊急時以外、私用端末はバックの中がルールです。

「では、名刺を……」

営業マンらしくサッと出してきたので、反射的に自分の名刺入れも取り出しかけ、一瞬動きを止めた。

いや。ここは礼儀正しく行こう。

気を取り直して、自分の名刺を彼の名刺の下に出す。

交換して、一読。

【高野商材株式会社 マーケティング企画課 課長 高崎翔梧】の文字。

あらまぁ、あなた……偉くなっちゃったのねぇ。

「秘書課、主任補佐の山根真由……か」

小さい声に顔を上げ、それからどこか冷静な視線にドキリとした。

「連絡が欲しい」

「かしこまりました、後程……メールいたします」

彼の名刺にはしっかりと携帯番号の記載もあったけれど、ニコリと微笑んで一礼した。

「では、失礼致します」

今度はそれだけ言うと、彼に背を向けて歩きだす。

失礼だろうが、構うものか。
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