その手が暖かくて、優しくて
私立旭が丘高校はまだ創立して10年ほどの学校である。創立時から掲げられる校訓は「文武両道」
その言葉どおり、運動部はさまざまな分野で優秀な成績を修め、特にサッカー部は昨年、全国大会で優勝し、学校の名前を全国区にした。
また吹奏楽部もコンクールで数々の賞を受賞しており、文化系の活動も盛んであった。
一方、学力においても入学時からの能力別クラス編成により教師からの徹底指導のもと有名大学への合格者も多数、輩出している。
各学年はAからEクラスまでの5クラスに分かれており、全校生徒はおよそ600人
この学校が創立したときから学生自治活動も盛んに行われており、4階建てのコンクリート造校舎内には生徒会用の部屋や会議室はもちろんのこと、各委員会用のスペースも確保されていた。

今回の生徒会長選挙の運営を行う選挙管理委員会室も校舎の4階に設けられている。
そこには選挙期間だけ臨時に任命された2年生を中心とする5人の生徒が委員会スタッフとして朝と放課後に詰めていた。
その日の朝も、当番であった2人が室内で投票箱の準備をしていた。


そんななか
亜里沙はいつもより早く登校していた。晴れ渡った春空が、これから彼女がやろうとしていることを後押ししてくれているようだった。

階段を昇り切り、息を整えてから

「よし!やろう!」彼女は、もう一度その言葉を口にした。
自分に言い聞かせるため、そして、これからの彼女の戦いに味方してくれるだろう誰かに。

長い廊下の先に選挙管理委員会室がある。そこに向かって歩く彼女の手には生徒会長立候補の届け出書。

その日、亜里沙は選挙に名乗りをあげた。





Eクラスの佐藤隆は校舎2階にある理科室に入った。かすかに薬品の匂いがする教室を横断し、明るい陽射しの入る窓際の先に隣接する理科準備室の入口がある。そのドアの前で、彼は一度、周囲を用心深く見渡した。

佐藤隆は風紀委員が壊滅を目指す「龍神会」のトップと考えられている男だった。体格に恵まれ、その風貌も普通の高校生にはない威圧感と変な落ち着きを持っていて、組織の全貌を全く掴めていない風紀委員たちは彼を早くからマークしていた。

理科準備室のなかは隣の理科室と違って、窓は厚いカーテンで閉じられて薄暗かった。

「葉山亜里沙が生徒会長に立候補したようです。」

彼は室内にいる誰かに、そう報告した。

「そうか…」部屋の奥から声がする。

「山下健介みたいにならなければいいんですが…」
そう言う佐藤に奥からの声が静かに

「すまないが、金森にここへ来るよう伝えてくれ」


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