GREEN DAYS~緑の日々~
 国人はいつしか通りの向こうに出ていた。商店街の裏手。こんな所に来たのは初めてである。どうしてこんな所に来てしまったんだろう。国人ははっとした。すぐ横の低い垣根の古い木造家屋の縁側に洸がいた。国人は頭を下げた。

 洸は縁側に座っている国人にタオルを渡した。国人は再び頭を下げてタオルで濡れた髪を拭いた。

「今日は部活休み?」

「雨なんで」

「水泳部だっけ」

「はい」

「あいつの友達だよね」

「はい」

「話すの初めてだよね」

「はい」

「俺の事知ってた?」

国人は頷いた。

「噂になってるから」

「噂に?」

「…イケてるって」

洸は苦笑した。

「誰が言ってんの」

「皆」

「学校の?」

「近所の女子高の子とかも」

「あいつに聞かせたいな。あいつは俺の事しょっちゅうイケてねー、って言うから」

「俺、先生と夏穂が付き合ってると思って」

「俺が?、皆そう言うんだな」

「皆?」

「あいつの姉さんとか」

国人は少し俯いた。

「あいつの事、好きなのか」

「俺は…」

国人はそう言いかけた瞬間、涙を一粒ぽつんと落とした。だが洸は驚かなかった。国人が家の前に来た時に何となくそんな気がしたからだ。国人は慌てて目を擦った。

「えっと、」

「田所です。田所国人」

「国人君はあいつと知り合って長いの?」

「幼なじみなんで」

 洸は頷いた。そして思っていた。この国人という男。本当に夏穂の事を心から思っているのだ。深い愛情と慈しみを持って。この国人といると何だか穏やかな気持ちに包まれる。そして話している内に段々この国人の事を好きになって来るから不思議だ。恐らく国人は自分のそんな魅力に気がついてはいないだろう。いや、気がついていないからこそ、国人はこうして輝き続けていられるのかも知れない。洸は優しく呟いた。

「だったらよく知ってるだろうね。お互いのいい所や悪い所。幸せに悲しみ、喜びや苦しみ…。君と僕とは殆ど初対面だけど、何となく君はいい奴だなってわかるよ。君も、イケてる」

 国人はその言葉にすこし心が和らいだ様な気がした。雨はまだ降り続いている。そぼ降る雨。それから暫くの間、二人はただ黙って庭の緑を見つめていた。

 国人は思っていた。どれ位ぶりだろう。こんなに一心に庭の緑を見つめるのは。恐らく初めての事かも知れない。雨に濡れた庭の緑は美しい。こんな事に気がついたのは今日が初めてだ。今日ここに来なければ恐らく気付かなかっただろう。永遠に。そして何より洸。洸に会わなければ気がつかなかった。洸のさりげない気遣い。いきなりやって来た自分に対してこんなにも思いやりを持って接してくれる。自分の様な子供には到底真似出来ない。洸に比べたら自分はまだまだ子供だ。まだまだ…。

「ねえ」

洸が低い声で呟いた。

「雨があがったら蕎麦でも食おうか」

雨は緑を濡らし続けている。国人はやっと微笑んだ。



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