GREEN DAYS~緑の日々~
数日後の午後、玲子は裏庭でゆかたを干していた。後ろの母屋の居間では夏穂が畳の上でタンクトップにジーンズのまま、何をする訳でもなくただごろごろしていた。

「夏、ちょっと夏っちゃん、そこの洗濯バサミ取ってちょうだい」

夏穂は口を尖らせながら縁側に置いてあった洗濯バサミの籠を玲子に渡した。

「お母さん何してんの」

「ん?、あんたとお姉ちゃんのゆかた干してんのよ」

「あたしお祭り行かないもーん」

「どうして。いつも国人君と行ってたじゃないの。まだお誘いが来ないの?」

「うーるーさーい」

玲子は苦笑した。

「ねえちょっとお使い行って来てよ。コロッケ作ってあげるから」

「暑いもーん」

「棒アイス買っていいから。ポッキーも」

 夏穂はぶちぶち言いながら表に出た。近くの商店に行こうと足を向ける。だがその途端、後ろから近所の主婦達の囁き声が夏穂の耳に飛び込んで来る。噂の種は決まって、夏穂の父親の話題である。今まで夏穂の父親については近所中が暗黙の了解で過ごして来た。だが今年に入ってからというもの、何故だかわからないがやたら夏穂の耳にその話題が疎ましい程入って来る様になった。夏穂は口を尖らせながら少し遠目の商店街へと足を向けた。



 商店街で買い物を済ませた後、夏穂は瑞恵から聞いた洸の店を覗いてみた。開店前でドアは閉まったまま、人の気配は無い。夏穂がどうしようか思案していると、ふいに後ろから頭を叩かれた。

「あいてっ」

振り向くとそこに洸が、今し方夏穂の頭を叩いた丸めた楽譜を持って立っていた。

「ガキがこんなとこうろうろしてんじゃねえよ」

夏穂は右手で後頭部を押さえながら洸の方をきっと睨み付けた。

「叩く事ないじゃんっ」

「痛くねえよ、紙なんだから。ここら辺、夕方危ないんだから帰れ」

「大丈夫だよ、あたしジモトミンだから」

「お前、ひょっとして俺に会いに来た訳?」

夏穂はすたすたと歩き出した。洸は慌てて追いかけた。



 二人は棒アイスを食べながら緑のトンネルを抜けていた。樹木が両側から重なり、大きなトンネルの様になっている。

「しかしいつ見ても綺麗だな、ここ」

「ねえ」

「ん?」

「水入れってさ」

「水入れ?」

「あんただよ」

洸は苦笑した。

「この町、何で好きなの」

「何でそんな事いきなり聞くんだよ」

夏穂は何も答えなかった。

「まあ狭い町だからな。閉鎖的な所はあるだろうな。でも何でそんな事聞くんだよ」

「別に」

「お前、この町出て行きたいの」

「別に」

「絵描きになりたいのか」

「なれる訳ないじゃん」

「何で」

「何でって。ピカソじゃあるまいし」

「俺、詳しくはないけど、ああいう奴らの中には死んでから才能が認められた奴もいたんじゃなかったっけ」

「死んでから認められる才能もないっすよ」

洸は笑いながら頭を掻いた。夏穂は洸が持っているギター・ケースに目をやった。

「ギター、いつから始めたの」

「さあ、高校位からだったかな」

「大学は行かなかったの」

洸は表情を止めた。

「お前は行きたいのかよ」

「わかんない」

「お前の高校レベル高いから美大でも何でも行けるんじゃねえの」

「将来食ってけないじゃん」

洸は絶句した。

「夢のない事言うんだな」

「ギターってギタリストだよね」

「ああ」

「ギタリストになりたかったの?」

洸は視線を逸らした。

「なあ」

「ん?」

「本当に綺麗だな、ここ」

洸はその後何も話さなかった。夏穂も何も聞かなかった。



< 12 / 49 >

この作品をシェア

pagetop