妬こうよ、そこはさ。
ふしゅう、と珍しく上気した体を隠したくて、俯く。


視線を下げたまま、表情の定まらない口元に力を込めてから、ゆっくり開く。


「おねがいだから、いわ、ないで」

「分かった」


どこか上機嫌に私をからかっていた彼は、嘆願に真面目な顔つきをした。


「あのさ」

「何」


不安にさせてごめんな、と呟いて。


「記念日とかには、絶対言うから」


いささか勢いよく上げた私の目に、相変わらず無表情の、

けれど、心なしか、少し頬が赤いような気がする彼の顔が至近距離で映る。


「頑張って」

「頑張る」


不慣れな私たちは、いつものようにあっさりと、いつもよりは嬉しげに、初めての内容の約束を、そっと結んだ。


ねえ、旦那さん。

私の愛しい人。


たくさんの「ごめんね」も、

たくさんの「ありがとう」も、いらないから。


たくさんの「そうだね」があれば、充分。


……ああでも、「ありがとう」はちょっと多めに欲しいかな。


「待ってるね」


包丁が食材を刻む音に、そっと呟きを溶かす。


記念日なんてろくに持ち合わせていない私たちだけど、幸いなことに次の記念日は来月。


例年なら毎日とあまり変わらないその日が、少し、楽しみになった。
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